8.王城と書いて魔窟と読む
私は高くそびえ立つ尖塔を持つ白亜の城を見上げ暫し絶句していた。
………そういえば今まで外に出た事無かったわぁ~
初めての外出に今気づくのも何だか抜けているが、まぁ、言語と文字と自分の立ち位置を把握するのに必死だったから仕方ないわよね。
それにしても前世の記憶を含めてもこんな豪華な城を見るのは初めてだった。これが世に言う『ザ・城』なのだろう。
◯ィズ◯ーラ◯ドの城がチンケに思える。
「リンベル伯爵家のアイシャ様ですね。王妃様がお待ちです。案内致しますので此方へお越しください」
バカでかい門扉を前にポカンと見上げていた私に迎えに来た侍従が声をかける。
「………へぇ⁈あっ、わかりました」
たぶんマヌケ面を晒していたのだろう。
呆れ顔の侍従が背を向け歩き出したので慌てて後を追いかけ城内に入った。
城の中は、大きくとられた窓から差し込む陽の光が真っ白な大理石の廊下を照らし、花々が生けられた花瓶が所々に置かれ、華やかな雰囲気を醸し出している。
右に左にいくつもの角を曲がり、どんどんと城の奥に進んで行く侍従に遅れないように必死について行く。
一人だったらまず帰れないわね………
少しくらい7歳の子供の足に合わせスピードを落としやがれ!と、侍従の背に心の中で文句を言いつつ小走りでなんとか喰らい付いていた私が着いたのは、綺麗に整えられ美しい花々を愛でる事が出来る庭の一画にテーブルセットが設えられた場所だった。
………まだ王妃様はいらしていないようね………
私は給仕のメイドに促され席に着く。
緊張を和らげるため眼前の花々を見て心を落ち着かせようとして軽く深呼吸する。
王妃様はどんな方かしら?優しい方だと良いけれど………
今回のお茶会へのお誘いがノア王太子殿下絡みだろう事は予想がつく。王太子がちょっかいを出した令嬢がどんな者か見定めるつもりなのだろう。
私が緊張で固くなる中、にわかに場の雰囲気が変わる。
どうやら王妃様がいらしたようだ。
私はその場に立ち上がり完璧なカーテシーをとり王妃様が近づくのを待った。
「貴方がリンベル伯爵家のアイシャですね。今日はよく来てくれたわ。
貴方に会えるのをとても楽しみにしていたのよ。」
「お初にお目にかかります。リンベル伯爵家のアイシャと申します。この度はお招き頂き誠にありがとうございます。身に余る名誉、リンベル伯爵家を代表して感謝申し上げます。」
「………ふふふ…アイシャ、そんなに畏まらなくて大丈夫よ。ほら楽にして」
王妃様の言葉に思わず顔を上げると、目の前にはノア王太子殿下と同じ綺麗な蜂蜜色の髪に藍色の瞳を持つ美しい王妃様が目の前に立っていたのだが。
「………え⁈お母様?」
「あら⁇その様子だとルイーザは何も話していないのね。アイシャの母はわたくしの双子の妹なのよ」
「………えっ、えぇぇぇぇ‼︎‼︎‼︎」
私はここが王城だということも王妃様の御前だということも忘れ大絶叫していた。
道理でリンベル伯爵家に来る貴族の面子が凄い事になっていた訳だ。そりゃあ王妃様の妹が嫁いだ家なら王家と繋がりを持ちたい貴族がわんさか来る訳よ。
半ば放心状態の私は王妃様に促され席に着いたが、その後聞かされたお母様の生家の話に更に驚かされる事となった。
なんとお母様はこの国に一つしかない公爵家出身だったのだ。昔から少し破天荒なところがあった母は、早々に王家に嫁いだ王妃様とは違い結婚適齢期を過ぎても婚約すら結んでいなかったそうだ。もちろん公爵家の娘だった母には山のように婚約話が来ていたが尽く断り、無理矢理結ぼうものなら姑息な手段を使い破棄に追い込むほどだったそう。
そんな時、王妃様を訪ね王城に来た母はどこで見かけたのか当時まだ執務官をしていた父を見初め猛烈にアタックを開始した。
結婚適齢期を過ぎた娘がやっと結婚する気になったと喜んだ公爵様は、父の意見などお構いなしに外堀を埋め早々に婚約を結ばせたそうだ。
まぁ、紆余曲折あったが最後はお互いに愛し合い二人は恋愛結婚を果たしましたとさ。
道理でラブラブバカップルな訳ね………
公爵家のお姫様と結婚した父は、あれよあれよと出世して伯爵家のくせに、財務を担当する上級管理職についているとの事だ。
父のシンデレラストーリーは当時だいぶ話題になったらしい。
王妃様の話を聞き終えた私は目の前のテーブルに突っ伏したいと、本気で思うほど疲弊していた。
「………だからアイシャも気兼ねなく王城に遊びにいらっしゃいね!だってわたくし貴方の叔母ですもの!
それにノアは貴方の従兄弟よ~
もっと親しくなっても良いんじゃないかしら❤︎」
目の前の王妃様のニッコリ笑顔がノア王太子殿下の黒い笑みと重なって見える。
………怖っ………
「………はは…ははは………」
私は笑って誤魔化すしかなかった。
………その時………
「わたくしの大切なノアお兄様を誑かす性悪女はあなたね‼︎‼︎」
王妃様とのお茶の席に転がり込んで来た小さな珍入者に目が点になる。
「クレア‼︎何故貴方がここに!」
王妃様が慌てて立ち上がり、クレアと呼ばれた少女に近づく。
………クレア…クレア王女殿下⁈
少女は王妃様の制止も聞かずツカツカと私に向かい歩いて来ると、何も言わず私の頬を引っ叩いた。