5.私の妹は………【ダニエル視点】
今日はアイシャの7歳の誕生日だ。
私の隣にはソワソワしている両親とは違い澄ました顔で座るアイシャがいる。今日の誕生日パーティーは、彼女の披露目の会でもあるが、特に緊張に顔を強張らせる事も、不安で泣き出すこともない。先程から、落ち着き払って紅茶を飲んでいる姿は7歳の少女には見えない。
昔から隣に座る少女は変わっていた。
ヨチヨチ歩きの1歳くらいの時には、ほとんど泣く事もなく気づくと一人で遊んでいる手のかからない娘だったらしい。
親から離れ一人で行動しだした妹と関わりだしたのは、私が6歳になった頃だった。
言葉を話せるようになると同時に、絵本など簡単な本は一人で読む事が出来るようになっていた妹を頻繁に書籍室で見かけるようになった。
初めて辞書片手に本を読む姿を見た時は衝撃を受けたものだ。
当時6歳だった私は同じ歳の王太子様の遊び相手として王城に行く事も多かった。
私の他にも将来の王太子様の側近候補として数名の子息が来ていた中に、リアム・ウェストがいた。
昔から卒なく何でもこなしていた私にとっても王太子様と共に学ぶ勉強会は、予習復習を必死に行っていても、ついて行くのが困難な程、高度な内容だった。
到底6歳の子供が理解出来るものではなく、今考えると側近候補をふるいにかける目的で一緒に学ばせていたのだろうと思う。
あまりの難しさに次々と側近候補がいなくなる中、最後まで残ったのが私とリアムだった。
必死にくらいつく私と違い、リアムの態度は飄々としたもので、遅刻はしてくるは、講師が話している時に居眠りをしたりと真面目に参加している事などなかった。
そんな態度のリアムに腹を立てた講師が難問を出すが、簡単に解いてしまう。その上、さらに難しい質問を講師に投げかけ困らせることも度々。
あいつこそ本当の天才だった。
あの当時は、そんなリアムに嫉妬し、頑張っても頑張っても追いつけない現状に腐っていた。
何に対しても投げやりで、必死に喰らい付いていた勉学ですら投げ出し、次第に王城からも遠ざかっていった。
毎日のように戯れに絡んでくるメイドと遊び、体たらくな日々………
そんな時、アイシャが書籍室に篭っているという話をメイドから聞いた。
まさか3歳の子供が書籍室に篭って本でも読んでいるのかと、半信半疑で書籍室に行くと、分厚い辞書片手に本を読んでいるアイシャを見つけた。
あの姿は衝撃だった。
たった3歳の子供が机にかじりつき辞書片手に本を読んでいるのだ。大きな辞書は彼女が扱うにはあまりにも大きく苦労してページをめくる姿は違和感の塊だった。
気になった私はそっとアイシャに近づき何の本を読んでいるのか確認し、さらに驚く事になった。
アイシャが読んでいたのは、この国の歴史書だった。
受けた衝撃のまま、思わず声をかけていた。
『何故歴史書を読んでいるのかと………』
アイシャと初めて会話をした記念すべき日になった訳だが、それまでの私は3歳離れた妹のアイシャを疎ましく思っていた。
あの当時、伯爵家の長男として厳しく躾けられていた私とは違い、両親は無条件にアイシャを愛し甘やかしていた。幼いからこそ甘やかされる妹に嫉妬していた私は、彼女と接する事を尽く避けていた。
冷静になり考えれば、3歳のアイシャと6歳で王城にも上がっていた私では全く立場が違く、両親が厳しくなるのも当たり前だと気づきそうなモノだが、嫉妬に目が眩み、そんな些末な事ですら分かっていなかった。
書籍室でアイシャに投げかけた質問に、こともなく発せられた回答………
『歴史を知る事でわたくしの事を知る事に繋がるのです』
はっきり言って何を言っているのか意味不明だった。
しかしその後に続いた言葉が私の人生を変えることになった。
『勉学は自分のためにするものでしょ。将来の自分自身にする投資ですわ!』
ーーー衝撃だった。
私はリアムに負けたくない一心で勉学に励んでいた。
しかしアイシャは自分のために勉学はするものだと言う。
『将来の自分自身にする投資』
リアムとの差に腐っていた私にとっては天啓だった。
それからサボりがちだった王城での勉強会にも参加するようになり、たとえリアムが天才的な解答をしようとも気にならなくなった。
自身のペースで興味のある分野に手を伸ばすようになった私は、色々な事を吸収し今では講師から一目置かれる存在になった。王太子殿下からの覚えもめでたく、今ではリアムと共に王太子殿下側近の筆頭と言われている。
あの時、アイシャの言葉がなければ私の人生は腐ったものになっていただろう。
アイシャは妹と言うだけでは足りない特別な存在だ。
その妹が7歳の誕生日を迎えると同時に婚約者を選ぶと両親は張り切っている。
私が婚約者になると手を挙げたいくらい妹を溺愛しているが、彼女の将来を考えるとそんな身勝手な行動など出来ないのは分かっている。
今日の誕生日パーティーに集まる面子を考えれば不安しかない。出来る事なら王太子殿下とリアムには目をつけられたくない。他の男ならどんな手を使ってでも叩きつぶす自信があるが、あの二人はダメだ。
優しい顔してエゲツない策を練るのに長ける王太子殿下と飄飄としながら腹の中真っ黒なリアムに勝てる気がしない。笑いながら崖から敵を蹴落とすくらい造作なくやりそうだ。
「はぁぁ………」
どうしたらアイシャの婚約話を阻止する事が出来るのだろうか。
澄ました顔で紅茶を嗜むアイシャの隣で私は大きなため息をついた。