4.誕生日会という名のお見合いパーティー
赤髪の美少年から上手く逃げられた私は、ぎこちない足取りで会場へと戻ってきた。
ーーーあぁ、怖かった………
なんだあの赤髪美少年の迫力は………
前世では数多の修羅場をくぐり抜けて来たアラサーの私が本当にちびりそうになってしまった。
そう言えば、よく上司にも怒鳴られた。新人の頃はよく失敗もしたし、上顧客の理不尽な要求にも真っ正面から立ち向かい危うく修羅場になりかけた事もあった。昔から権力を使った弱い者虐めには我慢出来ない性分だった。
きっとあんな子供に圧倒されたのは、まだまだ7歳の子供の身体だからだわ!
「アイシャ、大丈夫ですか?何だか疲れた顔をしているわ。」
色々と考えていた私はお母様が近づいて来ていたのに気づかなかった。
「お母様、ごめんなさい。大丈夫ですわ。初めての事で疲れてしまって。」
「そうよね。こんなに沢山の方達にホスト役として挨拶したのだから疲れるわよね。
なら子供同士の方が楽しいかしら?」
私はお母様に手を引かれ数名の子供が談笑している輪の中へ放り込まれた。
何故ここには男の子しかいないのかしら………?
突然の珍入者に歓談していた子供達の視線が集まる。
お母様、なんて事してくれたのよぉぉぉぉ………
これじゃまだ一人の方がマシよ!
私を見つめる視線に負けじとその場でカーテシーをとり挨拶をする。
「わたくしリンベル伯爵家のアイシャと申しましゅっ………」
………噛んでしまった…最悪だ………
よりによって子供の前で噛むなんて………
私の顔がみるみる赤くなっていく。
「………ぷっ…ははは………」
吹き出したような笑い声に思わず顔を上げると、赤髪の美少年がお腹を抱えて笑っているではないか。
………アイツぅぅぅぅ…バカにして………
私が怒りと羞恥心で震える中、優しい声が降って来た。
「リアム、女性に対して失礼だよ。ごめんね、僕の友達が失礼な事をして」
私を擁護してくれたのは、あの金髪碧眼の美少年だった。怒りで震えていた手を抑えるためドレスを強く握り締めていた手を優しく取られ、恭しく甲にキスされる。
「初めましてアイシャ嬢。
僕は、ノア・エイデンって言うんだ。以後お見知りおきを………」
………ノア・エイデン………エイデン………
まさか………………
「王太子様であらせられますか⁈
大変失礼致しました!」
私は慌てて掴まれていた手を引っこ抜き頭を下げ数十歩後退した。手を掴んでいた王太子様の手が行方をなくしプラプラしているが、そんなこと知ったことではない。
なんでたかが伯爵家の7歳の子供の誕生日会に王太子様が参加してるのよぉぉぉぉ………
両親の恐るべし交友関係に慄いていた私は王太子様が何か言っていたが全く聞いていなかった。カーテシーを取り続けやり過ごそうと考えていた私の頭上からふてぶてしい声が降って来る。
「そろそろ顔上げたらどう?床とお友達になりたい訳じゃないでしょ。」
ゆっくりと顔を上げると目の前には、赤髪のアイツが立っていた。
「先程はリンベル伯爵家の令嬢とは知らず失礼致しました。私は、ウェスト侯爵家のリアムと言います。
以後お見知りおきを、ピンクの子猫ちゃん………」
コイツぅぅぅ、さっきの当て付けかぁ‼︎
私は目の前の赤髪を睨みつけるが、ヤツはニタニタと余裕の笑みを浮かべ、小馬鹿にしたような姿勢を隠しもしない。
私はヤツからさっさと視線を逸らすと、やり取りを注視していた他の子達に向き直り、ドレスを摘み改めてカーテシーを取り挨拶をする。
「皆様お騒がせ致しました。
わたくし失礼い………………………」
「リンベル伯爵令嬢!私は………」
「アイシャ様、僕は………………」
「こちらでお話致しましょう!」
さっさと立ち去ろうと思っていた私に群がる男の集団に取り囲まれた私はその場を立ち去れなくなっていた。
迫り方が容赦ない………
近い近い近い、ひぃっ!助けて‼︎
わたくしは遠くから男の子達を観察するのが好きなのよぉぉぉぉ………
「そろそろ私の妹を返してもらってもいいかな?アイシャは今までこんなに沢山の人達に囲まれた事がないんだ。怯えている」
私の心の叫びが届いたのかダニエルお兄様が助け舟を出してくれた。
お兄様、笑顔だけど目が笑っていないわ………
より怖さが増してますわ………
私に群がっていた男共が一斉に後退する。
お兄様、すごっ‼︎
私はお兄様の迫力に負けて後退した男どもの輪の中から助け出され控えの間へと退散する事が出来た。
「アイシャ大丈夫だったかい?怖かっただろう?」
ソファに座った私を抱きしめようと手を伸ばす兄の動きを素早く察知し、反射的にソファの端まで逃げる。そんな私をお兄様がジト目で見つめていたが無視だ。
「お兄様、わたくしもう大丈夫ですわ。こちらで少し休めば落ち着きますので。
皆さまきっとお兄様をお待ちですわ。」
隙をついて抱きしめようとする兄との攻防を回避するため、部屋から追い出そうと試みるが、頭も口も回る兄とのやり取りは思うようにいかない。
「アイシャをひとりにするのは心配なんだ。
しばらく一緒にいた方が………」
「お兄様まで会場に居ませんとホスト役として示しがつきませんから。お願い致します」
私は目をシパシパさせ、伝家の宝刀涙目攻撃を仕掛け何とかダニエルお兄様を追い出す事に成功した。
あぁ、やっと一人になれた。
それにしても赤髪のアイツ………
明らかに私を揶揄って遊んでたわね!
あんな子供にバカにされるなんて最悪だ。
あんなヤツ敵認定よ‼︎‼︎
本当にレディをバカにするなんて最低!
お兄様の友達だか何だか知らないけど、もう絶対に関わらないんだから!
私は手近にあったクッションを掴むとアイツの顔を思い浮かべパンチを繰り出す。
………ボッス…ボッフ………
あぁ~スッキリしたぁ。
それにしても何故男の子ばかりだったのかしら?
私にお友達を紹介するなら女の子でしょうに………
その答えはパーティーが終わった夜に知る事となった。
「ねぇ~アイシャ。誰か気になる男の子は居ましたか?」
「気になる男の子ですか?」
思わず赤髪のアイツの顔が浮かぶが慌てて打ち払う。
「別に誰も印象に残っている方は………
あっ!そう言えば、何故王太子様までいらしたのですか?たかが伯爵令嬢の誕生日に」
「わたくしもビックリしましたわ。念のため王妃様宛に招待状を送りましたが、まさか王太子様が来てくださるとは思いませんでした。まぁ、ダニエルは王太子様の学友として王城に行ってますし、その縁で参加くださったのでしょうけど。」
「それに何故男の子ばかりでしたの?」
私の何気ない質問に両親が顔を見合わせる。
「アイシャ、貴方の将来の婚約者を見定めるためよ」
「へっ⁈婚約者って………
わたくしまだ7歳ですが?」
「何を言っているのアイシャ!
幼少期から婚約者を見繕うのは貴族社会では当たり前の事よ‼︎‼︎」
………マジかぁ………
通りで朝から両親がソワソワしていた訳だ。
私はカルチャーショックに持っていたカップから紅茶が溢れている事に気づかない程だった。
「アイシャ‼︎‼︎
紅茶が溢れていますわぁ!」
お母様の叫び声に我に返った私は、その後泣きながら両親を説得する羽目になる。
「あんなに沢山の男性に囲まれてアイシャはとってもとっても怖かったです!
婚約者なんて、婚約者なんて………
わぁ~ん!嫌だぁぁぁ‼︎」
わたくしの腐女子妄想パラレルワールドを邪魔するヤツは誰であろうと排除だ!
婚約者なんぞ見繕われた日には、今後邪魔されるに決まっている。
私の願いはただ一つ!貴族社会の煩わしい結婚なんてせず今世も腐女子として自身の趣味を満喫するのみだ‼︎‼︎
必殺泣き落としを敢行した私の願いが両親に伝わったかは不明だが、あの誕生日以来婚約者の話が全く出なくなった。