姉、おとうと
それは、ハイレンに居るような知能の高い精霊ではなかったのだろう。
母を失ってからあちこちを彷徨ううち、偶々通りがかった森の中でガウは出会った。
『それ』は、母の幻影。
きっと性質の悪い悪戯で、だが、ガウを打ちのめすに十分な残酷さで。
幻の母は月夜の森でガウに優しく微笑みかけ、ガウの反応を待たずに霧散した。
たとえ偽物でも何でもいい。
母さまに、もういちど会いたい。
だが、いざそうなってみるとガウは目前の光景――強烈な違和感に慄いた。
だけど。
母さまは生き延びたかも知れない。
だから今ここに。
それを信じ込む前に――消えてしまって。
その時の精霊の悪戯は、ガウには到底受け入れられるものでは、なかった。
あれ以来、ガウは精霊が嫌いだ。
『血染めの掌』があった塔から、精霊によって再び光に包まれ、街に送り返されるその間。
彼女はその事を久しぶりに思い出していた。
ガウは正直、精霊に会ったら文句を言ってやると決めていた。
だが。
――こんな精霊も、いるのね。
光から吐き出された先は、ガウの部分鎧が置かれたテーブルの前。
「おお、ここは最初の家か」
サンタクララはきょろきょろと辺りを見回す。
三人は取り敢えずテーブルに座る。
「で? もう行くのか?」
「攻撃役はあなたと私だけ――敵は、十五人、いえ、きっともっと多い」
「ほう、それはまた」
サンタクララの顔は涼しげだ。
「それでも――行ってくれる?」
「いいさ。どうせ街を出るまでは暇だしな」
それが捨て鉢な雰囲気ではなく、自分の腕にかなりの覚えがあることをウードは感じ取る。
「君は留守番、ね?」
ガウはウードに笑いかける。
「いや、彼は必要だと思う。俺達では精霊の声を聞き取れないからな、いざという時に役に立つかもしれん」
「でも……」
「いいよ、と言うか行かせて欲しい」
足手まといになるのは自分で分かっていた。ただ、自分の身くらいは自分で守る――ウードにはそんな思いもあった。
「じゃあ、私が守って――」
ガウは言い掛けるが。
「おっ、姉さん、少年は首を振ってるぞ」
頬杖を突いてサンタクララ、にやにやしながら二人を見て。
「大丈夫だよ。自分でどうにか出来るから」
「で、でもっ」
ガウは立ち上がり、ウードに駆け寄って彼の手を取る。
「本当に? 私、守るよ?」
「姉さんがどれだけの腕前か知らないが、十五人以上相手にしながらは難しいんじゃないか?」
「あんたっ、黙ってなさいな」
「サンタクララさん、僕に扱える武器とかないかな」
ウードは優しくガウの手を解きにっこりと自らの掌で包み返す。待ってろ、そう言い置いてサンタクララ、階上へ。
「危なくなったら逃げる。約束する」
「本当ねウード? きっとよ」
もっとたくさん、言い募りたくなる気持ちをどうにか堪えるガウ。
まるで母親と息子のようだとサンタクララは思う。
――いや、姉と弟の方がしっくり来るか?
「少年、これでどうだ。階上の倉庫にあった。軽くて丈夫、ちょっとした業物だと思うぞ」
かたん、とサンタクララがテーブルに置いたのは。
「お前は身の守り優先だ。まあ、いざとなったらそいつでぶん殴れ」
金属で出来た、丸い半球状の――小型盾だった。




