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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第三部 精霊都市へ
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表と裏、上と下

 サンタクララは例の紙片をもう一度ウードに見せていた。

 何語か皆目(かいもく)見当もつかない記号。


 『うーん。読めないなぁ』

 ウードの耳元では精霊の声。


 「精霊は何だって?」

 「読めないそうです。見たことのない言葉だって」

 「それが読めないと、手に入らないんだっけ、その、物騒な名前のアイテムは」

 「どうだろうな。でも、少なくとも何らかの手がかりではあるはずなんだ。この上にある――俺の探し物の」

 見上げる天井。



 『本当にあるんですか?』ウードは精霊に問う。

 『あるよ。でも、人間には近づけない』と精霊。

 『あの紙片に意味は?』

 『分からないよ。知らない言葉だった』


 それらの言葉をガウとサンタクララに伝える。

 サンタクララは特段ショックを受けた風でもない。



 「人間には近づけない、ねぇ……」


 「ね、この紙ってどっちが(おもて)?」

 いつの間にかガウが紙を塔の開口部から漏れる光にかざし、難しい顔をしている。


 「何だって? そりゃ――」

 ガウから紙を受け取り、同じように光に透かすサンタクララ。


 「――何てこった」

 ひどく驚いた様子のサンタクララ。



 「もっと言えば、上下は? 斜めかも」

 確かにそうだとウードも思う。


 読むことすら出来ない未知の言語だ。正しい向きなど分かるはずもない。


 サンタクララはウードに紙を差し出す。

 「裏と表、上と下、あと、斜め。とにかくどこかで読めるようにならないか精霊に聞いてくれ」



 「分かりました」

 サンタクララの考えを精霊に伝えるウード。


 『この向きは?』

 『読めない』

 ウード、紙、裏返して。


 『ん?』

 更に上下もひっくり返した時。


 『ああ、これって――』

 精霊はそう言ったかと思うと、何事か、ウードに理解できない音を呟いた。


 【流れを受け止めて、(ゆる)やかに満ちるのを待ちながら(とど)まりたり。満ち足りればまた、流れ()く。人の身でこれを(ほっ)さんとする者あらば、満ちる場所にて待つべし】


 精霊の呟きがそのままウードの口から言葉となって(こぼ)れる。


 「読めたのか、それが」

 ウードは首を縦に振り、意味を二人に伝えた。


 『なるほど』

 精霊は意味が分かったのか、妙に納得した声。

 『たぶん、もう――』


 サンタクララは嫌な予感がした。

 手の中のメダルの輝きが弱くなっていく。つまり――遠くへ。

 「これは」


 血染めの掌は魔力を溜め続ける道具(アイテム)だ。だが、一定濃度以上の魔力でなければ吸収できず、自分の周りの魔力濃度が基準を下回れば――紙片はそれを示唆している。


 『もう、この街には掌が吸えるほど濃い魔力はなくなったね』

 ここのところ下がり続けていた街の魔力濃度は、これで(ようや)く上がり始めるよ、と精霊は付け加えた。


 『血染めの掌はどう、なるんですか』

 『また、流れていくんだ。どこか魔力の濃い場所へ。ここへ来るのがもう少し早ければ入手できたかもね』


 「いや、ちょっと待ってくれ!」

 自分の手にある何かを見つめていたサンタクララ。

 慌てたように塔の外周に駆け寄り、開口部から身を乗り出して身体を(ひね)り、塔の頂上辺りの空を見た。

 サンタクララの目には、光の柱のようなものが打ち上がり、天に(のぼ)っていくのが見えた。



 「掌が! 消える!」

 「なに? 何のこと」

 ガウに血染めの掌のことを説明するウード。


 精霊によれば、魔力の吸収が終わったためここハイレンからは消え、どこか別の魔力の濃い場へ転移すると言うことのようだ、と。



 「ああ、そういうこと――なのか……」



 へたり、とその場に膝を落とすサンタクララ。

 「こんなところまで来たのにこれか……」



 頭のフードを取りマスクを下げた。小さく、短い息を吐き、メダルを上着のポケットにしまった。



 「サンタクララさん?」


 『無理ないよ。彼にとって、『(あれ)』はとても大事なものだったんだ』精霊、訳知(わけし)ったような声。


 「ウード、ガウ。わざわざ済まなかったな」

 首だけ二人に巡らせ、サンタクララは力なく()む。


 「ん? なくなった訳じゃ無いんでしょ」とガウ。

 「ああ。でも、どこへ行ったのか」

 「心配しなくても一緒に探してあげるわよ、ね? ウード」

 「うん。勿論」

 するとサンタクララは戸惑った顔を二人に向けた。



 「お前らが? 何の為に? 何の得もない」

 「ああ、まあ、そうね」

 「だったら――」

 「でも、あんたにとって、すごく大事なものなんでしょ? その、何とかって奴は」

 サンタクララ、深く頷く。

 「俺の全てを懸けた探し物だ」

 張りつめた顔。ガウ、柔らかな表情(かお)で応える。

 「ならもう、私やウード、レンカにとっても大事なものってことよ」

 「そうだね」

 な、何だそれは、理屈が成り立ってないぞ、というサンタクララに、ガウはにたり(・・・)と笑って。

 「じゃあ、交換条件と行きましょう」

 ね? とガウはウードを見た。

 ウード、頷きを返す。


 「見たところあなた、相当できる(・・・)でしょ」

 答えないサンタクララ。


 「助けてほしいのよ、レンカを」

 「あの子を? あれ、そう言えばどうしたんだ」

 ウードは彼に事情を説明する。



 『あんまり手荒な真似はしないでね? あの子達も必死なの』

 精霊の声は心配そうだ。


 「ええと、要はそいつらを蹴散らして部屋に入って」

 「そうよ。でも殺しちゃ駄目」

 「――分かった。手を貸そう」

 立ち上がるサンタクララ。



 そうして。




 ふ、と笑った。






 吹っ切れたような、憑き物の落ちたような。

 安らいだような、一息ついたような。


 「どうしたの?」

 「いや――まさか、『(あれ)』を探す仲間が出来るとはね」

 先頭に立ち、下り階段に歩いていく。


 「何してるんだ二人とも。行くぞ」

 振り返った男の顔は幾分、晴れやかだった。




 『あらま、切り替えの早い奴だね』

 私が送り返してあげるよ――精霊のそんな声が聞こえた。

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