十全の回復魔法
ナヨリが運び込まれたのは小屋だった。
それは文字通りの意味で、板をぐるりと立てて屋根を張っただけの粗末な建物――中には寝台が一つ、枕元に椅子が一つ――だった。
ナヨリの部下である三十人近い部隊は、仕方なく小屋の外で待機している。
パブリジアを出たナヨリ・エフロン隊は噂を頼りに凄腕の薬師が住むという小屋を探し出したのだ。
ただ、かなりの時間を要した。
気がつけば季節は春の終わり近く。
流石に時間が経ちすぎた為、ナヨリは数名をゼルスタン王都に伝令に行かせた――既に王都から兵士長直属の数名がサティルナスに差し向けられたとも知らずに。
その上、そこまでして運び込まれた小屋はしかし、ナヨリの期待に沿うものではなかった。
小屋の主は意外にも若い女性だった。
「あらっ。よくここが見つけられましたね」
ドアから顔だけ出した女性はひどく意外そうだ。
薬師と言うからには人を癒し対価を得て生活しているはずだが、ナヨリは女性のその口振りから、まるで人が来なくても良いかのような雰囲気を感じた。
ベッドに運び込まれ、女性は枕元の椅子に座って目を閉じ、ナヨリの肩口にゆっくりと手を置いた――怪我の程度をそれで量るとでも言うかのよう。
――おお。
ナヨリは、女性の触れる肩の辺りが不思議と温かくなるのを感じた。そうして、ただのはったりで肩に触れているのではないということをぼんやりと理解する。
やがて目を開ける女性。
「着ていた鎧のおかげで陥没は免れたようですが、胸骨は粉々ですね。それに、あばら骨の損傷、筋肉の断裂も深刻です」
「つ――つまり?」
女性の的確な診断に内心驚きながら、ナヨリ。
「つまり、私の全力の治癒魔法でも全快には遠く及ばない」
さらりと言い切る女性。
「随分と諦めが良いな。ハイレンで修行をしてきたのではないのか?」
「ええ。十年、修行を積みました」
「ならば――」
ナヨリが言い切るより早く、女性は身を乗り出して両手をナヨリの上半身に触れさせる。そうして、彼女が瞑目したその――刹那。
ナヨリは、両手の触れている部分がどんどん冷たくなっていくのに気付く。あわせて彼女の手は青白く光り始め、その光はやがて染み渡るようにナヨリの全身を包み込む。
――こ、これが。
十全の回復魔法――ナヨリは、何かがつかえたように呼吸の苦しかった胸の辺りがすうっと楽になっていくのを感じて、回復魔法の凄まじさに目を丸くする。
ゆっくりとナヨリを包んでいた光の波が引き、消え残りの粒子が中空をしばらく漂い、ぷちぷちと弾けるように消えていった。
「いかがですか?」
あれほどの魔力を一気に集中させ即座に回復力に転嫁、発動させるという離れ業をやってのけた割に、女性は息一つ乱れていなかった。
――なんだ、出来るじゃないか。
ナヨリ、起きあがって自分の身体を確認する。手は動くようになり、心なしか筋力もある程度回復している、が。
全快とは言い難い。剣は振れて一本だろうし、恐らく加護も一度か二度しか使えまい――これでは、王軍を率いることなど出来ない。
女性を見る。多分、ナヨリの目には相手を責める色があったのかも知れない。
だがその色、女性にさらりと受け流されて。
「魔力の濃度が足りないのです」
精霊都市に行けば、あなたの治癒に必要な濃度の魔力が使えるのですが、と、さして残念そうでもない様子で。
「ではハイレンに行くとする」
ナヨリ、小屋の外に出ようとする。
「まあ、お待ちなさいな」
女性は椅子から立ち上がる。
「ここは言ってみれば――出張所なんです」
ナヨリと目線を合わせず、ぽつぽつと声を出す女性。
「大河の近くにまで来られない、来ない。でも、ハイレンにとって必要だったり、精霊が興味を示したりした人を送るための、ね」
女性、手をナヨリに向けて突き出す。
思わず身体を強張らせるが、何故か動けないナヨリ。
「小屋を見つけられたということは、あなたは精霊の導きを受けたのでしょう」
「な、何?」
「私が送ります。と言うかまあ、そういう決まりになっているので」
女性は何事か呪文を唱え始める。
「ま、待て! 一体、何を言って――」
「転移」恐ろしく感情のない声に合わせて。
ぱ、と。
ナヨリの姿が掻き消える。




