血染めの掌を目指して
街の外れ。
手元の小さなメダルを見ながらゆっくりと歩いている男がいた。男――サンタクララ――は手の中のメダルをまるで方位計のように見ながらそろそろと進んでいく。
――こっちが強いな。
手の中のメダル――それは魔力の流れを辿れる魔法具だった。強い魔力の流れを探知し、その方角が青く輝くように作られている。
メダルは今、南東の部分が真っ青に輝いていた。
サンタクララは時折メダルに目を遣りながら、進む方向を確かめながら歩いていく。履いている真っ黒なブーツが石畳を打つが、不思議と音は殆どしない。
――やっとだ。やっと現物を拝める。
『血染めの掌』は恐るべき可能性を秘めたアイテムだ。
一般的に、魔力は蓄えておくことが出来ない。
魔法使いであれば体内に一時的に蓄える事もある程度は可能だが、魔力は揮発性が高く、長期的な保持は不可能だ。
魔力は魔法を起動する度に取り込み、練り、放出する――それが基本的な使い方。
では魔法力の差はどこで決まるかと言えば、一時的にせよ体内に取り込める魔力の量によって決まる。後は、その場の魔力濃度が威力を決める。
勿論、偉大な魔法使いであるほど大量の魔力を体内に取り込むことに長けている。だが、それでも血染めの掌には敵わない。
『血染めの掌』は、大魔法使いが蓄えられる魔力など遥かに凌駕する大容量の魔力を長期的に貯められ、必要な時にいつでも取り出せる――そんなアイテムだと考えられている。
つまり、血染めの掌を探すには、メダルで大量の魔力が集まっている場所を探知し、そこを目指せばいいことになる。
――それさえあれば。
サンタクララが長年抱えている「悩み」は、血染めの掌があれば解決できるはずだ。
ある時、話を聞いたサンタクララはそれこそが自分を解き放つものだ、と『血染めの掌』を探し求める旅に出た。
彼は文字通り世界中を巡り、どんな微かな噂話でも全てを追いかけ、その度に肩すかしを食らい、それでも諦めずに、あらゆる可能性を追い求め。
そうして、ようやくここハイレンに本物があるらしいことを突き止めたのだった。
――街に入れたのは幸運だった。
あの三人の誰かが精霊の眼鏡に適ったのだろう。
――俺の見立ては正しかったってわけだ。
サンタクララは自分の勘の良さを自画自賛する。
――まあ、俺はついで、だろうがな。
苦笑するサンタクララ。そうしている間にも、メダルの輝きが強くなる方へ。
ハイレンの街中は人が少ない。
出歩いている人も殆どおらず、たまにすれ違う人間も他者への関心が薄いのか誰もサンタクララに目もくれない。
魔力が厖大に満ちている精霊都市は、その為か魔法の研究者か聖職者が集まりがちだ。彼らは多くのばあい抑制的で、他者との関わりをそれほど重視しない研究者タイプの人間だ。畢竟、街は静寂に包まれることになる。
ハイレンの街の形は開いた扇を下に向けたような半円型。扇形の中央にはあの恐ろしく高い塔があり、その他にも三つの塔が半円の中、等間隔に配置されている。
サンタクララがいま向かっているのはどうやらその塔の一つのようだった。多分、東の端にある塔だろう。
――あの塔か……?
視線の先、真ん中の塔よりは低いが、それでも十分に高い。
メダルの輝きの強さから言って間違い無さそうだ。
――いいね。
ズボンのポケットにメダルをしまう。
塔はどれも開かれてはいるようだが、いざという時に両手が使えるようにしておかなくては。
マントの上から胸に触れ、投擲用のナイフを確認。
喉元の布を引き上げて顔の半分を隠す。
頭に巻かれた黒い布の帽子の位置を調整して、外に出ている部分を眼だけにする。
そうやって足音もなく、ゆっくりとその気配すら――消して。
まるで盗賊のように。
――さあ、ここからが本業だな。
隠れた口元、僅かに歪めて。
誰に見咎められることもなく、サンタクララは目的の塔に入っていった。




