敗残兵
少し時間を遡って。
ガウに敗れたナヨリ・エフロンは、部下に抱えられサティルナスの街をでた後、そこから最も近い町であるパブリジアに運び込まれていた。
ナヨリは怪我がひどく、そのままではとても王都までは保ちそうになかった。
そこで、エフロン隊は取り敢えず隊長をここパブリジアで治療することにしたのだった。
運ばれて数日。
連日の薬師の回復魔法の甲斐あってか激しい痛みは去り、ナヨリ・エフロンはようやく人心地ついていた。
――ああ、何てことだ。
彼は考えていた。
と言うのも、身体も動かず、痛みに耐える以外、彼には考えることしかやることがなかったからだ。
――こんなことは有り得ない。
自分は加護持ちで、どんな敵も加護の力で退けてきた。そして、それはこの先もずっと変わらないと思っていた。
――それなのに。
胸元に巻かれた包帯を憎らしげに見つめるナヨリ。
――俺は勝てなかった。
あの小娘、どんな手を使ったが知らないが俺の剣技を受け切り、あまつさえ速度でも俺を上回るなどと。
拳を握りしめる。未だ見慣れぬ医療院の天井を睨み付けた。
――まだだ。
私はまだ終わりではない。
きっとここから復活できるはずだ。
ナヨリの眼の奥で小さな小さな緑の光が閃いた。
――あの娘と再びまみえ、そして、勝つ。
だが、現実は酷いものだ。
ナヨリは、自分の身体が以前のようにはもう動かせないだろうと感じている。たとえこの怪我が癒えたとしても、もう剣を握れるかどうかすら。
悔しさと切なさがない交ぜになって、ナヨリは大声で喚き散らしたい衝動に駆られる。
がちゃり。
タイミング良く病室のドアが開いて、部下の兵士がひとり入ってきた。
切れのいい動きで敬礼をする。ナヨリは眼でそれに応えた。
「エフロン様、お加減はいかがでありますか」
「余り良くない。見れば分かるだろう」
「は。申し訳ございません」
「……何の用か」
兵士は直立不動のまま中空を見つめ、口を開いた。
「薬師の話では、隊長の応急措置は済んだとのことで、つきましては」
――そうだ。
既に生命の危機は去ったのだ。この上は一刻も早く王都に戻り、一部始終を報告せねば。
だが、兵士は意外なことを口にした。
「つきましては、別の医療院にて更なる回復を」
「こんな小さな町に、他にも医療院があるのか?」
「いえ。ここではありません」
兵士が言うには、この近くにハイレンで学んだ回復術の達人が住んでいるのだという。
「ハイレンだと? あの?」
兵士、首肯する。
ナヨリもハイレンのことは噂話程度だが知っている。
確かにその話が本当なら、この身体、完全回復も夢ではない。
「どう――なさいますか」
ぐぐぐっ、と身体を起こそうとするナヨリ。だが、僅かに筋肉が緊張しただけで上半身は動いてはくれなかった。
――これでは、とても生きているとは。
「連れていけ、そこへ」
「承知しました!」
敬礼。
兵士、退室。
ナヨリは一人になった部屋で、また天井を見つめる。
期待と不安、絶望と希望で満たされているナヨリ。
彼を支えるただ一つのものは、ガウへの執着心。
――次は負けぬ。
ハイレンで学んだという――その回復術師がインチキでないことを願わずには居られないナヨリだった。




