噂話
パブリジア。
ドワーフの都市サティルナスからかなり離れてはいるが、それでも一番近隣にある小さな町。ここには僅かながら人間が暮らしており、他は様々な種族で占められている。
サティルナスはその入口が分かりにくいため間違えてパブリジアに辿り着き、そのまま何日か逗留していく旅人が多くいる。
ここは、言ってみればその勘違いのおかげで生計を立てている町だった。
だからなのか、全体的に寂れた雰囲気の割には酒場だけやけに賑わっている。明日にはサティルナスに行くんだ――そんなことを言いながらいつまでもぐずぐずしている冒険者達が酒場に屯しているからだ。
「だから、俺はこの目で見たんだよ!」
酒場の一隅。
冒険者風の男がテーブルに拳を叩きつけ、給仕の女性に眉を顰められていた。
いかにも旅慣れていると言った感じのその男は、目の前の気の弱そうな若者相手に管を巻いている。
「で、でも兄貴、そんなの、信じられねぇよ」
若者はジョッキを少し呷る。
「いや、その話し俺も聞いたな」
と、真後ろのテーブルにいた男が口を開く。
だろ? 俺はこの眼で見てたんだ。冒険者風の男、満足げに口元を緩めた。
「いやあれは見事だったね。何せ、自分の身体ほどもある黒い刀を振り回して相手の騎士を倒しちまったんだからな、女の子が」
「ほう。それは見てみたかったな」背後の男が呟く。
「ああ、実際あれは見物だったぜ。まあ相手の兵士も大したもんだったがな。俺は加護持ちって奴を何人も見てきたが、あれほど鮮やかに輝く緑の瞳は初めて見た」
加護が発動する際に瞳が緑に光るという話は、冒険者達の間では有名な話だった。
「へえ、どんな加護だった?」
冒険者風の男はナヨリの使った瞬間移動、二刀流を説明する。
「そりゃ凄い。俺も見てみたかった」
後ろの男は感心しきりだ。
「ああ。でも少女は、その加護を受け切って、あまつさえ倒しちまったんだからな」
男は誰の相槌も求めず、問わず語りに話し続ける。
「その少女はな、おっかしな言葉を使ってたんだよ。何言ってるかさっぱりわからなかった」
「ふうん」
「――ただな」
「ただ?」
冒険者風の男は一つ黙る。そうして軽く間を置き、徐に口を開いた。
「謎の男がいたんだよ」
そいつは、少女と同じ言葉を使い、倒された兵士に啖呵を切ったんだ。いや、格好良かったぜ、と男。
「フードを目深にかぶってたから顔は見えなかったんだけどな」
喋り終え、満足して男、ジョッキを一口。
「その話、全部ホントなのかい? どうも兄貴が言うと……」
「何ぃ! てめぇ、なんてこと言うんだ」
今にも掴みかからんばかりの男。
弟分はそれでも平気な顔。多分、慣れっこなのだろう。
「――申し訳ないのだが」
冒険者風の男の背後に立ち、声を掛けた者がいた。
それはさっきまで真後ろのテーブルに座っていた男で、ただ、顔つきが少し――鋭くなっていた。
「確認なのだが今のは全て、本当にあったことなんだね?」
だからそう言ってるだろうが、と男が更に激昂しかかるのを乱暴に手で遮ると、
「分かった。ありがとう」
その手に何枚か硬貨を握らせ、酒場を出ていった。
後に残された男とその弟分は、ぽかんと口を開けて遠ざかる背中を見送った。
酒場を出た男は一つ咳払いをするとマントを羽織り直し、町の出口に向けて歩き出した。
――ようやく捜し当てたな。
早くこの用件を済ませて王都に帰りたい、願いはそうでも、任務を果たさない内は叶わない。
冬から今まで、彼らを見つけるのにここまで時間がかかったのには理由がある。竜の航続距離を見誤っていたためだ。まさかこんな北の外れまで一息に到達し、誰にも見咎められることなくサティルナスに潜り込むとは。
――他の仲間たちはどうしたか。
他にも北に向かった者はいたはずだが、今のところ動向は入ってきていない。
――まあとにかく。
時間はすでに夜だが、いてもたっても居られない。
門番に変な顔をされながら男は町を出る。
――夜のうちにサティルナスへ向かい、朝一番に入って……。
いま聞いた話のウラを取らねば、王に報告も出来ぬ。
願わくば、二人がまだ街にいればいいが、それは微妙なところだろう。
――それにしても。
男は皮肉っぽく口元を歪める。
――話者と剣士の噂か。
先程の男の口振りでは相当な数の群衆の前で立ち回ったようだから、いずれこの噂は全国に広まってゆくのだろう。
身を隠したいと思っている二人の思いと、それはきっと食い違っているはずだ。
――だが、否応にでも。
謎の言語を操る男と長刀を振り回す女。
その噂が嫌でも彼らについて回り、やがて。
――追い詰める。
にやりと嗤う男。
早足はやがて小走りに。
早春の夜はまだまだ寒い。加えて今宵は月明かりも弱い。
吐くたびに白くなっていく呼気に顔を顰めつつも、男はサティルナスへの道を急ぐ。




