族長の質問
ウード、ガウ、レンカ――三人を見送った後、レナディナは小さく息を吐き、空を仰いだ。
血清は若い者達から順に接種する事になっているため、レナディナが外に出られるようになるのはまだ少し先だ。ために、見送りも街の外を出なかった。
「レナ様、どうかなされたのですか」
トマリがレナディナに寄り添うように立ち、彼の持つ杖にやんわりと手を添えた。
「さあさ、お宅までお送りしましょう」
言いながらラベントは、トマリとは反対側に付いてレナディナの歩行を補助しようとする。
鷹揚に頷いたレナディナはゆっくりと歩を進め、自宅への帰路に就く。
「ラベント――お前はゼルスタンの動向、どう思う」
あのようなことは今までなかった。
けっきょく親書の中身は分からずじまいであったが、そもそもゼルスタン王国の兵士が大挙して訪れること自体が異常であった。
あの時、ガウがナヨリとか言う兵士を撃退できたからいいようなものの、下手をすればハリヤは死んでいたかもしれない。
ラベントはしばし考え込み、王国で何かあったのかもしれませんな、と呟いた。
「何か、とは?」
「さあ、それは……」
「血清の接種が終わった人を、調査に出しては如何でしょう」
隣を歩いていたトマリの声。
「ふむ――悪くないかもな。レナ様、いかがです?」
「うん。何人か外に出すのもいいじゃろ」
ではそのように、とラベント。
「それにしても」
レナディナは疲れたのか、歩みを止めて大通りの縁石に腰を下ろす。ラベント、トマリも両脇に控える。
「――あの二人ですか?」
「そうじゃ。我らが神はまだ、我らを見捨てていなかった――そう思わせてくれたよ、あの子達は」
レナディナ、少し遠い眼をする。
「ええ、まったく」
ガウ、ウードがこの街に立ち寄ったからこそ、ドワーフは滅亡を免れた。
「まさか生きている間に『万能の話者』――そして竜に会えるとはの」
「ええ。とんでもないことでした」
「ガウったら、加護持ちをやっつけちゃいましたしね」
「あれは凄まじい力じゃった」
自分の体躯程もある黒い刀を振りかざし、ナヨリを撃退したあの膂力。
――あの膂力、そして、万能の話者がいれば或いは。
レナディナは自分の心がわずかながら湧き立っているのを感じている。
彼が若い頃に感じていた、何でも出来るような、望んだ物は何でも手に入るのではないかと思えるような、あの根拠のない自信――今、それに近い感情をほんの少し抱いていた。
「レナ様? どうかなさいまして?」
「――儂はな、ある日、少女に問うたのよ」
レナディナ、杖を握り直して、にやりとして。
「何を、でございますか」
「お主ら、国を作る気はないか、とな」
どうやら腕を喪ったことは王国と無関係ではなさそうな少年と、もうこの世界には竜の姿では居られない少女。少なくとも王国に彼らの居場所はないだろう――と言うことは、この世の殆どで彼らは生き辛いと言うことだ。
ゼルスタン王国はこの世界のほぼ全てを支配しているのだから。
――ならば、彼らは自身で居場所を作るしかあるまいよ。
それは寒い日の昼下がりだった。
通りを一人で歩いていたガウを呼び止め、レナディナは世間話でもするような調子でさっきの質問をした。
「か、彼女は何と?」
トマリが食い入るような顔でレナディナを見る。
「――いや、何も答えなんだ」
「そうですか……」
「ただ、少女は笑いおった。儂の問いに驚くでもなく、戸惑うでもなく、怪訝な顔もせず、ただ――不敵にな」
ラベント、トマリが息を飲む。
「あれは考えておるよ、国作りを。そんな顔じゃった」
レナディナはそう言葉を継いだ。
「出来る、のでしょうか。そんな、大それたことが」
「さあ? 分からんよ儂には」
族長、呵々と笑う。
――まあ、居場所に困っているのはあの二人だけではないがな。我らももう、王国には居られまい。
仕方なかったとは言え、何せ使者を再起不能にして追い返したのだ。
この事がマルフォント王の耳に入った時、起こり得る事態を予想して備えねばなるまいとレナディナは考えている。
「分からんが儂は言っておいた、一応な」
「何を、ガウに言ったのですか?」心配顔のトマリ。
レナディナはその時のことを思い出しでもしたのか、ふふふ、と笑みを含んだ。
「なに、もし、お主らが国を作ることがあれば儂らが最初の同盟国になろう――とな、そう言ったのよ」
「な」
二人、呆気に取られて。
その顔が可笑しかったのか、さっきより声を上げて笑うレナディナ。
道行く人々がそんな三人を興味深そうに眺めながら、みな微笑んで過ぎていく。
国を作る。
確かに今は荒唐無稽。
だが、それを可能に、あの二人なら。
――本当に出来るのかも知れないな。
ガウとウードの顔を思い浮かべて、ラベントはそんな予感を抱いた。
――少なくともレナ様はそう信じておいでのようだ。
ラベントも思わず笑い出す。
見るとトマリも微笑んでおり、何らかの予感を抱いているようだった。
あの二人が作るかも知れない国に、三人はしばし思いを馳せる。




