唇歯輔車
陽の光を浴びられないスールカナムだが、最近の研究でそれだけではないことが分かってきたそうだ。
逆に陽の光を浴びなさ過ぎることで、スールカナムは身体の構造を保てなくなってきているのだと。
「正確な残り時間は分からないが、私達――特に私の世代は、もう」
何せ、八十年近く陽の光を浴びていないですからね、とレナディナ。
「セラーさん、我々のことはもういいのです。ただ、我々の歴史の終焉に。
ユーラケサークを滅ぼした、あの時からから止まっている――我々の、歴史を」
徐々に息を荒らげるレナディナ。
「歴史を、前に――」
レナディナがぐらりと倒れかかる。
トマリが駆け寄り族長を抱き留めた。
「レナディナさん、今日はもう、やめませんか」
そういうセラーを、族長は表情で押し留める。
「セラーさん、我々が嘗てあなた達にしたことは決して許されることではない。また、許されようとは思わぬ。何よりも儂ら自身が許せぬ。
そうではなくて、ただ、スールカナムはただ、心からの深謝を、あなた方に……」
――あ……。
ウードは、その族長の言葉を聞いたセラーの、トールの、今までくっきりとしていた怒りの輪郭が次第に溶けて、境目が見えなくなっていくような気がした。
――心からの深謝……。
もう誰も、一言も発さなかった。
その日の会合は、それでお開きになった。
やがて、春になった。
「レンカ、用意はいい?」
上達したガウのドワーフ語。
「うん。ガウ姉ちゃん」
レンカも、ガウと一緒に学んで、大分上達していた。
「さあ行こう、二人とも」
立ち上がり、リュックを背負うウード。
街の出口に繋がる壁の前。
普段は閉じられて壁との見分けはほぼつかないが、今日は開かれ、三人の到着を待っていた。
入口の周囲はドワーフ達で埋め尽くされていた。
『ウード! また来いよっ』
『お待ちしていますよ、ガウさん』
『レンカちゃん、いつでも帰っておいで!』
口々に声が掛けられ、万雷の拍手。
やがてレナディナ、セラー、トールが、にこやかに観衆の中から進み出た。
『話者よ、どうしても行ってしまわれるのか』
レナディナ、名残惜しそうにウードを見上げた。
『ウード、レンカをお願いね』
そう言って全身で微笑むトール。透けるようだった白い肌が色調を変え、少し健康的になっていた。
『話者よ、本当にありがとう』とセラー。よく見ると彼の肌色も改善されている。
二人は今、ドワーフ語を猛勉強中だ。
セラーはウードを抱きしめる。
『セラーさん、最後に一つ聞きたいんですけど』
ハグを解き、何かな、と言うセラーに、
『本当の名前は? レンカも、教えてくれなくて』
素朴な声で、ウード。
セラーは声も出さずに笑った。
心からの深謝――その言葉が奏功したかはウードには分からなかった。
だがそれは間違い無く、セラーとトールを動かした。
それから、幾度となく会合が持たれた。
その中でスールカナムの謝罪は次第にセラー達に受け容れられ、また、ユーラケサークの『血』の秘密も明かされた。
スールカナムはセラーの血を調べ、その結果、ユーラケサークの血液を生成し、ある種の血清を作ることに成功した。
この血清の量産に成功すれば、スールカナムはもう、陽の光の下に出られるようになるのだ。
その過程でユーラケサークにも、スールカナムと同じ様な兆候があるのが発見された。ユーラケサークからも陽の光への耐性が失われており、それは逆に、スールカナムの血清でなければ治療できなかった。
大昔、共に暮らしていた頃は自然と行われていたであろう、互いの遺伝子の交配。
「何のことはない、私達は唇歯輔車の関係だったんだよ」
笑うセラー。
唇と歯の関係のように、一方が滅びれば他方も立ちゆかなくなる――最後の最後でそれに気づけたのは、ドワーフ族の幸運だった。




