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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第二部 話者と剣士
70/250

唇歯輔車

 陽の光を浴びられないスールカナムだが、最近の研究でそれだけではないことが分かってきたそうだ。


 逆に陽の光を浴びなさ過ぎることで、スールカナムは身体の構造を保てなくなってきているのだと。



 「正確な残り時間は分からないが、私達――特に私の世代は、もう」



 何せ、八十年近く陽の光を浴びていないですからね、とレナディナ。

 「セラーさん、我々のことはもういいのです。ただ、我々の歴史の終焉(しゅうえん)に。

 ユーラケサークを滅ぼした、あの時からから止まっている――我々の、歴史を」

 徐々に息を荒らげるレナディナ。



 「歴史を、前に――」

 レナディナがぐらりと倒れかかる。



 トマリが駆け寄り族長を抱き留めた。

 「レナディナさん、今日はもう、やめませんか」



 そういうセラーを、族長は表情で押し留める。

 「セラーさん、我々が(かつ)てあなた達にしたことは決して許されることではない。また、許されようとは思わぬ。何よりも儂ら自身が許せぬ。

 そうではなくて、ただ、スールカナム(わたしたち)はただ、心からの深謝(しんしゃ)を、あなた方に……」


 ――あ……。

 ウードは、その族長の言葉を聞いたセラーの、トールの、今までくっきりとしていた怒りの輪郭が次第に溶けて、境目が見えなくなっていくような気がした。


 ――心からの深謝……。

 もう誰も、一言も発さなかった。

 その日の会合は、それでお開きになった。







 やがて、春になった。


 「レンカ、用意はいい?」

 上達したガウのドワーフ語。



 「うん。ガウ姉ちゃん」

 レンカも、ガウと一緒に学んで、大分(だいぶ)上達していた。


 「さあ行こう、二人とも」

 立ち上がり、リュックを背負うウード。








 街の出口に繋がる壁の前。

 普段は閉じられて壁との見分けはほぼつかないが、今日は開かれ、三人の到着を待っていた。



 入口の周囲はドワーフ達で埋め尽くされていた。



 『ウード! また来いよっ』

 『お待ちしていますよ、ガウさん』

 『レンカちゃん、いつでも帰っておいで!』

 口々に声が掛けられ、万雷の拍手。



 やがてレナディナ、セラー、トールが、にこやかに観衆の中から進み出た。



 『話者よ、どうしても行ってしまわれるのか』

 レナディナ、名残惜しそうにウードを見上げた。



 『ウード、レンカをお願いね』

 そう言って全身で微笑むトール。透けるようだった白い肌が色調(しきちょう)を変え、少し健康的になっていた。



 『話者よ、本当にありがとう』とセラー。よく見ると彼の肌色も改善されている。




 二人は今、ドワーフ語を猛勉強中だ。

 セラーはウードを抱きしめる。



 『セラーさん、最後に一つ聞きたいんですけど』

 ハグを(ほど)き、何かな、と言うセラーに、

 『本当の名前は? レンカも、教えてくれなくて』

 素朴な声で、ウード。



 セラーは声も出さずに笑った。










 心からの深謝――その言葉が奏功したかはウードには分からなかった。



 だがそれは間違い無く、セラーとトールを動かした。



 それから、幾度となく会合が持たれた。

 その中でスールカナムの謝罪は次第にセラー達に受け()れられ、また、ユーラケサークの『血』の秘密も明かされた。



 スールカナムはセラーの血を調べ、その結果、ユーラケサークの血液を生成し、ある種の血清を作ることに成功した。



 この血清の量産に成功すれば、スールカナムはもう、陽の光の下に出られるようになるのだ。



 その過程でユーラケサークにも、スールカナムと同じ様な兆候があるのが発見された。ユーラケサークからも陽の光への耐性が失われており、それは逆に、スールカナムの血清でなければ治療できなかった。

 大昔、共に暮らしていた頃は自然と行われていたであろう、互いの遺伝子の交配。




 「何のことはない、私達は唇歯輔車(しんしほしゃ)の関係だったんだよ」

 笑うセラー。

 唇と歯の関係のように、一方が滅びれば他方も立ちゆかなくなる――最後の最後でそれに気づけたのは、ドワーフ族の幸運だった。

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