レナディナ
「話者よ」
それは、酔い潰れたガウがウードの膝の上で寝息を立て始めた頃だった。
顔を上げたウードの前に、トマリ、ラベント、ハリヤが立っており、そして――見知らぬドワーフの男性とこちらに歩いてくるところだった。
「おお!」
「まさか、このようなところでお目にかかるとは」
酒盛りをしていた連中全てがその男性に傅き、頭を垂れる。
男性は長いローブを身に纏い、杖をつき、かなりの老齢であることが窺えた。
「皆の者、楽しんでいるところ済まないね」
男はハリヤが差し出した椅子に腰を下ろす。
「あなたは?」
地べたに座るウード達から、男性は少し見上げる位置にいた。
「初めまして、話者。儂はレナディナ」
レナディナと名乗った男は、ウードに微笑みかけた。
「儂らは、あなたを待っていた。ずっと」
「何故、僕を話者と呼ぶのですか?」
するとレナディナは、にこりとしてウードの膝で眠るガウを指した。
「――竜だね?」
ウード、答えない。
「この世で最も複雑な言語の一つ、竜語を操れる人間などおりはせんよ。――万能の話者』以外はの」
「誰にも言わないでもらえますか」
僕らは平穏に生きたいんです――ウードの言葉に、レナディナはころころと楽しげに身体を揺らした。
「ああ、儂らは誰にも言いやせん。ただ、希いを一つ、叶えて欲しいだけなのよ」
レナディナが椅子を降りる。
そして、ウードの前に跪いた。
「レナ様っ?」
「お、長よ!」
トマリ、ハリヤとラベントがレナディナに駆け寄り、同じようにウードの前で跪く。
「あ、あの……?」
「我々とユーラケサークの仲立ちを、話者よ、あなたに――頼みたい」
レナディナの低くしわがれた声が、水を打ったように静まり返る広場に響いた。
その日の夜。
ガウをベッドに寝かせ、ウードはリビングで一人考え込んでいた。
先程、返事は後で良いから、と族長はすぐに帰ってしまった。残された者達もそれをしおに解散し、酒盛りはお開きになった。
――仲立ちか……。
要するに、スールカナムの方にもユーラケサークに言いたいことがあって、お互い話をしなくちゃいけないってことなのか。ウードは額に触り、更に考え込む。
「ウード?」
リビングの入口に、枕を抱えたガウが目を擦りながら立っていた。
「ガウ。眠れないの?」
「んー、と言うか寝過ぎたかも」
枕を抱えたままガウはウードの向かいに座る。
「ウード、ありがとね、運んでくれて」
「うん。ガウ、楽しそうだったね」
「えー? そう? 途中から、記憶が……」
こめかみを押さえるガウ。
「――ねぇガウ?」
ん? と彼女は顔を上げる。
「この前、ガウに言えなかったこと、なんだけど」
ガウは押さえていたこめかみから指を離し、ウードを見た。
「――まだ言いたくなさそうよ? ウード」
理由はうまく説明できない。でも、万能の話者のことをガウに話すと、良くないことが起きる気がする。ウードの中で、それは確信めいていた。
「いいよ。待つよ」
「ガウ、それで――構わないの?」
長くは待たない、彼女はそう言っていた。
「まあ……、この前はああ言ったけど、君が話したくなるまで待つことにしたよ。私は、君と居られればそれで――いいから」
唐突ににこりとするガウ。彼女の科白がいきなり過ぎて、ひどく戸惑うウード。
――敵わないなぁ……。
ウード、頭を掻いて。
「きっと話すよ――だから」
「うん、待ってるよ。君の、話を」
彼女のその、表情の柔らかさ。
ウードは壊さないように注意深く、胸の奥に仕舞った。
セラーが家にやって来たのは、それからしばらく経ってからだった。




