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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第二部 話者と剣士
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 そこから、どのくらいの長さだったのだろう。

 一瞬か、数秒か。



 群衆も、兵士達も、息をするのも忘れてその『瞬間』を待った。



 そうして、出し抜けにそれは始まった。





 いきなり何かが爆発したような重低音。

 前触れなく人々の眼前に舞い上がる土煙。


 あちこちで悲鳴が上がり、(みな)手をかざして砂塵を()ける。



 『な、どうなったんだ!』

 「おい、エフロン様は?」

 「分かりません! 見えません!」

 『畜生! お嬢ちゃん、負けんじゃねぇぞ!』

 『ああ神様、どうかあの()を……』

 ドワーフ語と人語が入り乱れる。



 やっと視界が晴れた時。

 立っていたのは――ナヨリだった。








 『そんな!』

 誰かが悲痛に叫んだ。


 ナヨリは倒れ込んだガウの顎に切っ先を突きつけている。

 「小娘、これで終わりだ」


 ガウは焦るでもなく、どこか他人事のよう。

 「ガウ!」


 駆け出すウード。剣を振り上げるナヨリ。



 ――ああ、間に、合わないっ!

 ウード、つんのめって転ぶ。



 『ガウ、逃げて!』

 群衆達が呆然とそれを見送る。



 ガウは叫ぶウードに笑いかけた。

 『ガウーーーーッ!』





 ぱきんっ。





 ナヨリの剣が真ん中から折れ、間髪入れず粉々に砕け散った。

 「そ、そんなっ」



 ガウ、埃を蹴って立ち上がる。

 側に転がっていた黒刀を拾う。

 すっかり戦意を喪失したナヨリは膝からその場に崩れ落ちた。

 ガウは片手で黒刀をナヨリの眉間に突き付けた。



 「さあ、謝れ」

 見上げるナヨリ。彼の顔に、黒刀の細く長い影が落ちる。



 「な、何を謝れと……?」

 男は戸惑う。



 無理はない。だが、ゼルスタンの連中はウードにひとり残らず謝罪する義務がある――ガウはそう思っている。



 「いいから謝れ」ガウの声、低く。

 「ひ、ひぃ……」

 自信を打ち砕かれ、謝罪を強要され、ナヨリは混乱状態だ。



 『ガウ、もう終わりにしよ?』

 やっとガウの側まで辿り着いたウードが、彼女の腕を取る。



 『で、でもっ』涙を流すガウ。

 黒刀を下ろし、ウードの眼を見た。



 『いいんだ。ありがとね、ガウ』

 『でも、こいつらに! 君の! 左腕のっ』



 そのまま言葉にならずガウの頬に涙、伝って。



 『君をそんな風にした、こいつらを……』



 ウードの胸に顔を埋め嗚咽(おえつ)を漏らす。

 そんなガウの頭を撫で、呆然と座り込むナヨリをフード越しに睨むウード。

 「もういいでしょ、帰ってよ――二度と、ここへは来ないで」

 ナヨリを見下ろし、突き放すように言った。

 そうして二人でナヨリに背を向け、群衆の方へ歩いて行く。




 一際(ひときわ)大きな歓声が上がった。

 『ざまあみろだ! 王国(ゼルスタン)の奴ら、調子に乗りやがって!』


 『嬢ちゃん、すげえな! 身の丈程もある剣をあんなに軽々と!』

 『祝杯だ! 誰か、酒持って来い!』



 興奮気味のドワーフ達。

 その背後。



 ――負けた? この俺が?

 ふらふらと立ち上がるナヨリ。



 振り返ると、兵士達が彼を見ていた。



 ――やめろ。

 その眼が自分を(さげす)んでいる――ナヨリにはそう思えた。



 「見るな!」

 ナヨリは石畳に突き刺さっていたハリヤの剣を引き抜く。



 「まだ、終わってない!」

 緑色に閃くナヨリの瞳。



 そして、消える。




 『きゃぁっ!』

 『嬢ちゃん! あぶねぇ!』



 突然、ガウの真横に現れたかと思うと剣を振り下ろすナヨリ。

 ガウはウードを自分の背中に隠し、黒刀を振り上げナヨリの剣を受け止めた。



 「こ、このっ」

 プライドを守るためにナヨリは必死だ。



 だが、そんなプライドごとガウは弾き返す。

 「ぐわぁっ!」



 ガウは刀を中段に構える。

 「あんたはもう、謝っても」

 両手で持った剣を跳ね上げられ、がら()きになったナヨリの胴。



 「許さない!」



 一閃。


 ナヨリの身体を、ガウは刀で横薙(よこな)ぎにした。



 鈍い炸裂音。鎧が粉々に砕け、ナヨリは真後ろに吹き飛ぶ。

 轟音。振動。激突した石畳から土煙。



 「エ、エフロン様っ」

 兵士達が駆け寄る。

 彼を抱き起こした兵士達が言葉を失った。




 ガウの刀の通った跡なのか、エフロンの胸は真横にくっきりと陥没していた。




 ――ガウ、殺して、しまったの?

 呆然とするウード。




 「うぅっ……」

 だが、ナヨリは生きていた。




 恐らく再起不能だろうが、辛うじて一命は取り留めているようだった。



 『ね? 大丈夫、って言ったでしょ』



 それでも不安そうなウードに気づいたのか、ガウは刀身を彼にかざした。


 ――あ……。

 目をみはるウード。



 ――この刀には。




 『刃がついて、いない?』

 『そう。ミキシラさんにね、お願いしたの』




 軽くて、絶対に折れなくて(・・・・・・・・)、刃がついてなくて、とにかく長い刀を作って下さいってね――そう言って、ガウは小さく微笑んだ。

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