長くは待たないからね
ひどく冷えたガウの身体――雨の中、僕を捜していたのか。
――とにかく温めなくちゃ。
僕は浴槽に湯を張る。
その間にガウを抱えて寝室に運び、彼女の濡れた衣服を――なるべく見ないようにしながら――交換する。
やがて湯が溜まり、僕はガウを浴室に運び、また服を脱がせ、ゆっくりとバスタブに浸けた。
すぐに立ち去ろうとした、僕は。
――ああ……。
思わずバスタブの縁でしゃがみ込み、ガウを見つめてしまう。
水面でゆらゆらと揺れる豊かな緑の髪。
喉元で僅かに上下する銀鱗。それを守るように、覆った白い鱗が両肩まで広がっていた。
程良く膨らんだ胸に薄く浮かび上がる腹筋、引き締まった腰つき。
均整の取れた肢体に僕は視線を外せなくなる。
――何て、美しい……。
この美しいものが生命をもって動いているだなんて、僕は未だに信じられない。
「うぅっ……」
身体が温まったからか、意識を取り戻し呻くガウ。
我に返った僕は慌てて浴室から出た。
ぱちり、と目を開けるウード。
「ウード! 大丈夫?」
いつからそうしていたのか、ウードの頭の側で、しゃがみ込んだガウが彼の顔をじっと見下ろしていた。
「ガウ……?」
――えーと。
上半身を起こすと、辺りは何もない薄暗い部屋。
「そうか」
思い出す。謎の呪文を解読した後、急に襲ってきた疲労感に負けて倒れてしまったのだ。
「君、急に倒れたんだよ」
「うん。ごめん」
立ち上がるウード。
ぐらりとよろめいて、ガウが受け止めた。
「ねぇ、ウード――私に何を、隠してるの?」
背中からガウの声。ウードは咄嗟に答えられず、沈黙を返してしまう。
「危ないこと? 私にも言えないようなこと?」
徐々に切迫してくるガウ。
ウード、少し息を吐いて。
「――ガウに余計な心配をかけたくないだけなんだ。その時が来たら話すから、もう少し待って欲しい」
ガウはすぐに言葉を返さない。
やがて、ウードの上着をきゅっと掴んで口を開いた、
「――分かった」
短くそれだけ。ウードから離れるガウ。
「でも、そんなに長くは待たないよ?」
ウードは頷いた。
【おお、話者よ、目を覚まされましたか
セラーが部屋に入ってくる。
【セラーさん】
彼は苦笑する。が、もうセラーで通すことにしたらしい。
【話者よ、今回は本当にありがとう】
【いえ。うまくできて良かった】
ウード、にこりとして。
【でも、正しく取り込まれる、ってどういうことなんでしょうね】
聞いて僅かに顔をしかめるセラー。
多分、ユーラケサークの血液が陽の光に弱いスールカナムの体質を改善する――そんなところだろうとは思うが。
――だが、正しく、とは?
【ただ取り込むのではなく、彼らの技術を使わなくてはならないのだろう。それがどういうものかは……】
【僕、訊いてきましょうか?】
ウードはさらりと口にする。
セラーは浮かない顔。
【散々、私達を苦しめた彼らに委ねるしかない、なんて……】
諦めたような、悟ったような――それでいて静かな怒りを秘めた、複雑に揺らぐ声だった。
たぶん、神代の言葉は他の言語よりも豊かな感情表現を持っているのだとウードは思う。
【あなた、本当にスールカナムの力を借りるの?】
妻のトールがセラーに問いかける。
【レンカの為だ、仕方ないだろう】
俺だって借りたくはないさ、絞り出す声のセラー。トールも苦しそうな顔だ。
【あの呪文が言っていたじゃないですか】
ぽつりと、ウードが二人に声を掛ける。
【互いに欠けては滅びる、って】
セラーとトールは顔を見合わせる。そんなことはよく分かっている――そう言いたげだった。
【多分、スールカナムもユーラケサークも、このままでは滅びる、のでしょうね。あちらには滅ぶ気配などありませんがね】
溜め息とともに呟くセラー。
【僕にはよく分かりません。でも――】
ふとウードは隣のガウを見た――彼女のように、言葉が通じ合って、手が届くのなら。
【でも娘さんの為にも、分かり合うことを諦めないで欲しいとは、思います】
言い終わったウードは思わず眼を伏せ、左腕を押さえていた。
マルフォント王とは言葉が通じたのに、まるで話が噛み合わなかった。
――言葉が通じるだけじゃ駄目なんだ。
その上で互いに手を取って、分かり合って……。それが大事なんだ。
【僕達は一度帰ります】
つつ、とガウが近づいてきてウードの手を握る。
部屋の戸口でレンカが顔をのぞかせ、ガウに手を振った。
【ええ、どうぞお帰り下さい
【彼らと話す決心が付いたら教えて下さいね】
ウードは夫婦に伝える。
【――分かりました】
セラー、ゆっくりと二人に手をかざし、拳を握った。
その瞬間、夜の帳が降りるようにウード、ガウの視界が急速に萎んだ。
次に二人が目を開けた時は家の前だった。
「すごいなぁ、この魔法」
ガウは感心した声を出す。
「――で、結局何がどうなったの?」
ガウに、ウードはドワーフのことを話す。
「何だか、複雑ね」
「でも、それでも僕はスールカナムと話し合うべきだと思うよ」
わだかまりはあるにせよ――とウードは続ける。
ふと見上げると、『天窓』から射す光が弱くなっていて、夜が近いことを思わせた。
「取り敢えずご飯にしようか。今日は僕が作るよ」
「え、だ、大丈夫?」
「うん。片腕でも出来るように、ちゃんと練習したから」
「手伝うね、私」
二人は手をつないだまま、家に入った。




