加護
翌日。
今日は休日だ。ウードは朝早く起きると手早く二人分の朝食を作り、父親を起こす。
「どうしたんだ、こんな朝早く」
父親はいささか寝ぼけ気味にウードの対面に座った。
「いいじゃない、早起きの方が」
パンに手を伸ばすウード。
「また、行き先も言わずにどこかへ行くのか?」
サラダをフォークでつつき、咎めるような口調の父親。
ウードは答えない。黙ってパンを口に運ぶ。
「トゥード、いったいどこで何をしているん――」
「ごちそうさま」
手早く食器を集め、立ち上がる。
「おい!」
「出かけてくるよ、父さん。夕方には帰るから昼は適当にお願い」
そう言って、ウードは返事も聞かず家を飛び出した。
ウードの住む街、カナーティは王都の周辺都市の一つだ。
ちなみに、王都を中心として東西南北にカナーティと同じような周辺都市があり、このうち、カナーティは南に位置している。
ゼルスタン王国は周辺の異種族を取り込みながら大きくなり、今や広大な版図を持つが、人間が暮らしているのは四つの周辺都市と中央の王都に殆ど集まっている。
異種族の都市に暮らしている人間も少数いるようだが、それはよっぽどの物好きであろう。
逆に言うと、人間が安心して暮らせるのは王都と周辺都市くらいしかないと言うことでもあるのだが。
家を出たウードは、街の南に広がる森を目指して走っている。
まだ早朝、しかも休日のため、殆ど人に会わない。
街の南、城壁を出たところに森は広がっている。それはカナーティの自然の地形を利用した防壁であり、仮に敵に攻められても簡単には中央の王都まで到達出来ないようにする役割を果たしていた。
だから永久に開墾されることはなく、誰かを――隠しやすい。
息を切らし、すっかり顔なじみになった門番に挨拶し、ウードは街を出る。
父親が政府の要職にあるからか、大人に何かと気を遣われることの多いウードであった。
森に入り、中ほどまで歩いていく。
ここは入らずの森などと呼ばれ普通の人は滅多に近寄ることはないが、実際は魔獣などはおらず、むしろ穏やかなくらいであった。
季節は夏の初め。朝露に湿った空気がウードの肺を満たしていく。
――父さんに、言えればいいんだけど。
ウードは父親にも誰にも、ガウのことを話していない。
『最後のドラゴン』かも知れないガウのことは、ウードは誰にも言うつもりはなかった。ましてや父親には絶対に話せない。政府の人間がこのことを知ったら、どうなるか想像もつかないからだ。
ぱきん――踏みしめた枯れ枝が乾いた音を立てた。
――ガウは……。僕をどう思ってるんだろ。
彼女と知り合ってもう一年になる。けれど、未だに笑ってくれたことがない。
――唯一の話し相手だから、仕方なく、なのかな……。
つい弱気なことを考えてしまうウード。
ガウ以外のドラゴンが死に絶えた今、竜語を話せるのはウード一人だ。必然的に、ガウもウードと話さざるを得ない。
――ええと、何て言うんだっけ……?
去年、初めて聞く竜語を話せたことで自分の『力』に気づいたウードは、王立図書館でこの能力について調べたことがある。
どうやらこういう特殊な能力のことを『加護』と言うらしかった。
神様は時々、この世界に生きるものにそうした力を与えることがある。
大昔から加護は人間やその他の種族によって研究され、現在ではあるていど整理され、体系化されている。
それによれば魔法や体術、剣術、商才、政治力などの目に見える加護もあれば、ウードのように与えられたことにさえ気づかないものもある。そして、全世界でおおよそ三分の一の生物が加護持ちではないかと考えられている。
加護は同じものは一つとしてなく、加護を持ったものが死ぬことで次の生物に与えられる仕組みのようだった。
ウードが持っている加護、『万能の話者』は研究者の間でも謎の能力とされ、百年以上前にエルフ族の中に出現したのが確認できる最新の記録だった。
万能の話者は、あらゆる言語を操れるようになる「らしい」――最新の研究書にもそれしか書かれていなかった。
ウードはこの能力のことを誰にも話す気はなかった。
何故なら、ばれたら多分、捕らわれて研究対象として一生を終えるか、あらゆる種族からスパイとして忌み嫌われるかのどちらかだろうと考えられるからだ。
確かに、おちおち母族語で密談も出来ないとなれば、あらゆる種族にとってウードの存在は恐るべきものであるに違いない。