呪文を解き明かす
ガウにもセラーの話を教える。自分が『万能の話者』であることは伏せて。
【ユーラケサークとスールカナム、遺伝子的にはほぼ同じなのです。我々を分けているのは、ほんの少しの染色体の違いでしかない】
そう言って、隣の娘を愛しそうに見つめた。
一部理解できない言葉があったがウードは聞かないことにする。多分、聞いても分からないと思えた。
【あの、ここは、どういう場所なんですか?】
ウードの問いにセラー、辺りを見回して。
【私が作った空間なのです、ここは】
私には空間魔法の加護があるのです、と言った。
当時、セラーもトールも子供だったが、そんなことはお構いなしに容赦なく過酷な労働を強いられていた。
このままでは殺されてしまう、そう思った時、初めて空間魔法を使ったのだそうだ。
セラーは、幼なじみのトールと共にその空間へ逃げ込んだ。既に二人とも両親を喪っており、逃げることにためらいはなかった。
だが、街からは出られなかった。
セラーの空間魔法は街を取り囲む魔法防壁を突破できなかったのだ。
【――いま思えば、仲間達を助ければ良かったんだと思います】
隣のトールが悔恨の言葉を口にした。
【ただ、二人とも子供だったのです。そんな所まで気が、回らなかった……】
セラーは瞑目する。
子供だったセラーは覚えたての空間魔法の操作に不慣れで、作られた空間はとても狭く、子ども二人以上は入れなかったことも影響したようだ。
二人は、長い時間をここで過ごしたのだという。
食糧はセラーが空間魔法を駆使して集めたのだそうだ。
それも、見つかると危険なのでここから出ることなく。
そうして、暫く時間が経った。
すっかり空間を操ることに習熟したセラーは、今こそ仲間を救おうと、ある日、意を決して街に出た。
愕然としたそうだ。街のどこにももう――ユーラケサークは居なかったから。
助けるべき仲間も既になく、この街から出ることも叶わない。もう、セラーには希望はないように思われた。
【私と妻はここで、死ぬまでひっそりと暮らすつもりでした。が――】
セラーは娘を見た。
【レンカに出会ったのです】
彼は小さく微笑んだ。
【私達は悩みました】
何とかしてレンカに外の世界を見せてやりたい。
だが、スールカナムは陽の光の下では生きられない。
【私達はもういい――ですが、この子には世界を見せてやりたい。それで、何か手がかりがないか、ドワーフの大図書館で調べました】
セラーによれば、かつてユーラケサークとスールカナムはお互いに助け合うことで陽の光の下で暮らしていたのだという。
だがスールカナムが次第に傲慢になり、ユーラケサークを奴隷化したことで、陽の光への耐性を失った、セラーはそう考えている。
【あなたが最後の希望なのです】
と、セラーはウードを見て言った。
ユーラケサークには先祖から受け継がれている呪文があり、そこに陽の光を克服するヒントがあるのだそうだ。
だが、この呪文はユーラケサーク、スールカナム双方が部分的に受け継いでおり、二つを合わせなくては意味のある言葉にならない。おまけに、呪文は神代の言葉でもドワーフ語でもない、全く未知の言語。
【すっかり諦めていた時、あなたが――】
ウードが現れたことを受け、セラーはあちこちスールカナム側の呪文を探し回っていたのだという。
それでしばらく行方が分からなかったのか、とウードは納得する。
【お願いします話者よ。どうか、今から唱える呪文の解読を】
【分かりました】
ウードは居住まいを正す。
ところで、ガウはウードの通訳ありとは言え、それにはタイムラグがあり、基本的に聞き取れない言葉のやりとりが続くこの時間にすっかり嫌気がさしたようだった。
「ウード、まだ終わらないの?」
頬を膨らませ、ガウは竜語で話しかける。
「もう少し……」
ウードは、セラーが今から唱える呪文を聞き取るため、耳に軽く触れる。
セラー、呪文を唱え始める。
<――――――――――――――――>
――あれ……?
全く聞き取れない。いくら未知の言語だからと言っても、こんなことって。
【ごめんなさい。セラーさん、もう一度】
【セラー? ああ、私のことですね】
苦笑いのセラー。確かに、トマリも勝手に名付けたと言っていた。
呪文をもう一度唱えるセラー。
ウードの眼が、底知れぬ深さで緑色に輝く。
隣で見ていたガウが、魅入られたようにウードを見つめる。
<――の――が、――を助け、――の――が――――>
「合って」来る。ウードの耳がそばだち、埃の動く音も聞き逃すまいとする。瞳の輝きがより一層強くなる。
――進化した『万能の話者』で解読に時間がかかるだなんて。
ウードは驚きを隠せない。こんな複雑な言語がこの世にあるのか、と。
<一方の――が――取り込まれることで他方を助け、他方の――が一方を助ける――う。互いに――は滅びの道を行くこと、努々忘るるなかれ>
後ちょっとが聞こえない。セラーにそのことを伝えると、彼は思案の後、呪文の単語を少し組み替えた。
【二つの呪文の組合せはこれが正解だと思っていたのですが、まだ間違っていたのですね】
そして、もう一度唱えるセラー。
今や完璧にチューニングされたウードの耳が、淀みなくその言葉を伝える。
<一方の血が正しく取り込まれることで他方を助け、他方の技術が一方を助けるだろう。互いに欠けては滅びの道を行くこと、努々忘るるなかれ>
【おお!】
感極まったセラーがウードの手を取り、溢れる涙のままにこりと笑う。
【まさか、本当に解読できるとは……っ】
【ああ、こんなことって……!】
トールも肩を震わせている。
――良かった。何とか……。
ふとウードが隣を見ると、いつの間に仲良くなったのか、レンカとガウが互いに片言のドワーフ語でお喋りしていた。
「ガウ、楽しそうだ、ね――」
急に力が抜けたウードは、糸の切れた人形の様にその場に倒れ込んだ。




