空間の狭間で
吐き出された反動で二人はつんのめった。
「わっ」
「きゃっ」
二人が倒れ込んだのは、真っ白な石畳の上。
半身を上げ、前を向いたウードが見たのは。
「凄い……」
三人で居るには少し狭い部屋だった。
周囲を取り囲む壁一面に本棚が所狭しと置かれ、その全てが書籍で満たされている。立ち上がって見上げたウードは更に驚いた。
天井が――見えない。どこまでも壁に沿って本棚が置かれ、遙か彼方まで続いている。上の方は霞んで見えなかった。
――ここ、地下だよね?
目の前の光景と立地が矛盾している。
【よくおいで下さいました。万能の話者よ】
そして、一番奥まったところで、三方を壁に囲まれたセラーと、ユーラケサークの女性が立っていた。
『そしてようこそ、竜のお嬢さん』
驚くウード。
『竜語を……!』
ではやはり、彼は竜語を聞き分けていたのだ。
【どこで竜の言葉を?】
【大図書館で少し勉強したのです】
だが、セラーは笑って、
【ほんの少しだけですよ、挨拶程度です】
そうガウに通訳すると、彼女はちょっとだけ残念そうな顔をした。
【連れて来たよ】
ウードが声に振り返ると、さっきの少女が入って来るところだった。
【ああ、こうなると少し狭いですね。ちょっと待って下さいね……】
セラーは自分の両脇にあった本棚を押した。
壁があるのに何をしているんだろうとウードが思った瞬間、彼の瞳にちかっ、と緑色の明かりが瞬く。
と、当たり前のように壁が動き、本棚が遠ざかった。同じ要領で後ろの本棚も押し広げる。
――そんな馬鹿な。
遙か上方までつながっている本棚が、そんなことで動くわけが。
【ここは、普通の法則が通用しない場所なのです】
だから、どんな空間にも自由自在に変化させられるのです――セラーが微笑んだ。
気がつけば部屋はかなり広げられ、今や十人でも充分に寛げる空間に変わっていた。
「どう――なってるの? ウード」
「いや、実は――」
セラーの説明をガウに伝える。彼女は目を丸くし、こんな魔法があるだなんて、世界は広いわね、と言った。
ウード、ガウ、セラーとドワーフの少女、ユーラケサークの女性は車座に座る。
【妻です】
女性は軽く頭を下げた。
【初めまして。私はトール】
ウードも会釈を返す。
透き通るような白い肌、燃えるような赤髪と銀の瞳――ユーラケサーク族の特徴を備えた女性だ。
【あたしはね、レンカっ】少女がきゅっと笑う。
娘です、とセラーの紹介。
【さて、私達の言葉を理解する少年、あなたが当代の万能の話者ですね?】
【ええ、そう――だと思います】
するとセラーはその場で目を閉じ、何事かを呟いた。
殆ど聞き取れなかったウードだが、祈りの言葉ではないか、と推測した。
【あの、僕が今喋っているこれって、何語なんですか?】
【これは、ユーラケサークだけが操れる神代の言語です】
【し、神代?】
【――もう、私たち三人しかその伝承者はいません】
【ドワーフ語は?】
ウードが聞くと、セラーは苦々しい顔になってこう言った。
【私は所謂ドワーフ語を話せません。まあ、覚える気もないのですが】
と、セラーはトールとレンカを見た。
――あれ? だけど。
ウードははたと違和感に気づく。
【でも娘さん、ドワーフですよね?】
【ええ】
と、セラーは小さく顎を引いた。
【レンカは、私達が保護したのです。彼女が幼い頃】
博物区の路地裏に捨てられていたのを拾って、とトールが後を引き取った。
ウードが驚いてレンカを見ると、
【うん。あたしね、捨てられてたんだって。でも、今では二人のことをほんとのお父さん、お母さんだと思ってるから】彼女は柔らかく微笑んだ。
セラーは娘の言葉に微かに瞳を潤ませる。
そして、感慨深げに呟いた。
【確かにレンカはスールカナムですが、私達の子供なのです】
【――スールカナム?】
ウードの怪訝な顔に、セラーは眉根を上げる。やがて、説明がまだだったことを思い出したように。
【正しくは】
と、全員の顔を見渡すセラー。
【正しくは、私達はドワーフ・ユーラケサーク族。そして、娘は――ドワーフ・スールカナム族。もともと、私達は】
セラーは世間話でもするような声のトーン。
【一つの種族だったのです】




