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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第二部 話者と剣士
58/250

空間の狭間で

 吐き出された反動で二人はつんのめった。


 「わっ」

 「きゃっ」

 二人が倒れ込んだのは、真っ白な石畳の上。



 半身を上げ、前を向いたウードが見たのは。



 「凄い……」

 三人で居るには少し狭い部屋だった。

 周囲を取り囲む壁一面に本棚が所狭しと置かれ、その全てが書籍で満たされている。立ち上がって見上げたウードは更に驚いた。



 天井が――見えない。どこまでも壁に沿って本棚が置かれ、遙か彼方まで続いている。上の方は霞んで見えなかった。

 ――ここ、地下だよね?



 目の前の光景と立地が矛盾している。



 【よくおいで下さいました。万能の話者よ】

 そして、一番奥まったところで、三方を壁に囲まれたセラーと、ユーラケサークの女性が立っていた。


 『そしてようこそ、竜のお嬢さん』

 驚くウード。

 『竜語を……!』

 ではやはり、彼は竜語を聞き分けていたのだ。

 【どこで竜の言葉を?】

 【大図書館で少し勉強したのです】

 

 だが、セラーは笑って、

 【ほんの少しだけですよ、挨拶程度です】

 そうガウに通訳すると、彼女はちょっとだけ残念そうな顔をした。

 



 【連れて来たよ】


 ウードが声に振り返ると、さっきの少女が入って来るところだった。



 【ああ、こうなると少し狭いですね。ちょっと待って下さいね……】

 セラーは自分の両脇にあった本棚を押した。

 壁があるのに何をしているんだろうとウードが思った瞬間、彼の瞳にちかっ、と緑色の明かりが(またた)く。

 と、当たり前のように壁が動き、本棚が遠ざかった(・・・・・・・・)。同じ要領で後ろの本棚も押し広げる。


 ――そんな馬鹿な。

 遙か上方(じょうほう)までつながっている本棚が、そんなことで動くわけが。


 【ここは、普通の法則が通用しない場所なのです】

 だから、どんな空間にも自由自在に変化させられるのです――セラーが微笑んだ。









 気がつけば部屋はかなり広げられ、今や十人でも充分に(くつろ)げる空間に変わっていた。

 「どう――なってるの? ウード」

 「いや、実は――」

 セラーの説明をガウに伝える。彼女は目を丸くし、こんな魔法があるだなんて、世界は広いわね、と言った。

 ウード、ガウ、セラーとドワーフの少女、ユーラケサークの女性は車座に座る。

 【妻です】

 女性は軽く頭を下げた。

 【初めまして。私はトール】

 ウードも会釈を返す。

 透き通るような白い肌、燃えるような赤髪と銀の瞳――ユーラケサーク族の特徴を備えた女性だ。




 【あたしはね、レンカっ】少女がきゅっと笑う。

 娘です、とセラーの紹介。



 【さて、私達の言葉を理解する少年、あなたが当代(いま)の万能の話者ですね?】

 【ええ、そう――だと思います】

 するとセラーはその場で目を閉じ、何事かを呟いた。





 殆ど聞き取れなかったウードだが、祈りの言葉ではないか、と推測した。





 【あの、僕が今喋っているこれって、何語なんですか?】

 【これは、ユーラケサークだけが操れる神代(しんだい)の言語です】

 【し、神代?】

 【――もう、私たち三人しかその伝承者はいません】


 【ドワーフ語は?】

 ウードが聞くと、セラーは苦々しい顔になってこう言った。


 【私は所謂(いわゆる)ドワーフ語を話せません。まあ、覚える気もないのですが】


 と、セラーはトール(つま)レンカ(むすめ)を見た。

 ――あれ? だけど。

 ウードははたと違和感に気づく。


 【でも娘さん、ドワーフですよね?】

 【ええ】

 と、セラーは小さく顎を引いた。



 【レンカは、私達が保護したのです。彼女が幼い頃】

 博物区の路地裏に捨てられていたのを拾って、とトールが後を引き取った。



 ウードが驚いてレンカを見ると、



 【うん。あたしね、捨てられてたんだって。でも、今では二人のことをほんとのお父さん、お母さんだと思ってるから】彼女は柔らかく微笑んだ。



 セラーは娘の言葉に(かす)かに瞳を潤ませる。



 そして、感慨深げに呟いた。


 【確かにレンカはスールカナムですが、私達の子供なのです】

 【――スールカナム?】

 ウードの怪訝(けげん)な顔に、セラーは眉根を上げる。やがて、説明がまだだったことを思い出したように。


 【正しくは】

 と、全員の顔を見渡すセラー。

 【正しくは、私達はドワーフ・ユーラケサーク族。そして、(レンカ)は――ドワーフ・スールカナム族。もともと、私達は】




 セラーは世間話でもするような声のトーン。

 【一つの種族だったのです】

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