来訪者
それからは平穏な日々が続いた。
ウードはガウと日々を暮らしながら、たまにやって来るトマリと街を巡った。
ガウは商業区で売られている珍しいお菓子やおいしい食べ物が気に入って、ことあるごとにウードと出かけたがった。
あんまり食べると太るよ? と言うウード。ガウはそんな彼の言葉を二回に一回は聞いた。
そしてガウは、ミキシラの工房にたびたび出かけているようだった。自分が注文した剣の進捗を確認し、色々な要望を出しているわよ、とウードはトマリに教えられた。
トマリに教わったおかげで、ガウは少しならドワーフ語が分かるようになっていた。
ウードには常に心に引っかかっていることがある。
あのセラーというユーラケサーク人だ。
彼にガウが竜だとばれているかもしれない。
だが、セラーはウードに話しかけたあの日から行方不明だ。
トマリによれば街を出た形跡はないのだそうだ。だが、どこへ潜伏しているのかは分からなくなってしまった。そもそもどうやって街に入ったのかも不明な人物、既に街を出た可能性さえある。
だからウードにはどうにもできない。
「どうウード? サティルナスは」
ある日の午後、リビングでウード、ガウ、トマリの三人でお茶を飲みながら話をしていた。
「良い街ですね。僕は好きです」トマリの質問に答える。
「私も私も! 前に来た時から思っていたけど、わくわくする街だね、ここは」
「そうですか、それは良かった。二人が望むならいつまででも居ていいんですからね」
微笑むトマリ。
実は、春になればどこへ行くのか、二人はまだ決めていない。
ただ、ここを出てどこかへ行こうと漠然と考えてはいた。
――そう言えば。
カナーティにいた頃、ドワーフを見かけたことがなかった。
ドワーフの高い技術力や開発力などの話はウードも知っていたが、ここに来るまではドワーフに会ったことはなかった。
それはガウも同じだったらしく、
「ドワーフって、街の外には出ないんですか?」
とトマリに訊いていた。
「ええまあ。ちょっと――理由があるの」
マグカップから一口お茶を飲んで、トマリは真面目な顔。
「理由?」
「まあ、あなた達になら話してもいいけど」
トマリはテーブルの上で指を組み、少し声のトーンを落とし、
「私達はね、陽の光に弱いの」
「陽の、光に?」
「そう。浴びたらあっという間に皮膚がただれてしまって――多分、ほんの一瞬でさえ外には居られないわ」
その前に死んでしまうから、トマリの切ない声。
だから街は地下にあるのかとウードとガウは納得する。
――だから『天窓』も、必要最小限のサイズなのか。
「かつては陽の光を克服しようとして様々な研究がされていたけど、今ではすっかり下火ね。どうやら、遺伝子レベルでの機能不全だと分かったから」
遺伝子? と首を傾げる二人にトマリは笑って、遺伝子は簡単に言うと身体の設計図のようなもので、それに基づいて私達の身体は作られているのよ、と教える。
二人は遺伝子を分かった訳ではないが、ドワーフが陽の光に弱い――その弱点は克服できない類のものだ、と言うことは理解した。
或いは、とトマリは続けて。
「ユーラケサーク族の呪いかも、ね」
奴隷として酷使したユーラケサーク族がドワーフに害をなしている――トマリによれば、そう信じているドワーフも一定数以上居るのだという。
と言うのも、ドワーフも初めから陽に弱かったわけではないらしい。
記録が少ないため確証は得られていないが、その時期はユーラケサーク人を奴隷として使役するようになった頃と重なっているのだ、とはトマリの見解。
「まだ見つからないんですか? 彼は」
「ええ、街を出てはいない、はずなのだけど」
何か分かったら連絡するわ、とトマリは帰って行った。
「さて、これからどうしようか」
ガウが大きく伸びをし、吐き出す息とともにウードに聞いた。
「――さっきのトマリさんの話」
「ん? どの話?」
「街にいつまでも居ていいよ、って奴」
「ああ、言ってたね、そんなこと」
「ガウはどう思う?」
腕を組み考え込むガウ。
「悪くない、とは思うよ。ただ、私は春になったらここを出たいな。次、どこ行くか、とかは決めてないけど」
言葉を探しながら話すガウ。
「私はウードにひどいことした奴らを許さない。ちゃんと謝らせてやる。でも、その為には私たち二人だけじゃだめだ。仲間を集めなきゃ」
殺すのではなく謝らせる――その言葉にガウなりの優しさが見えてウードはほっとする。ウードはガウの手が血で汚れるのは見たくなかった。
「ガウ、何度も言うけど、僕は――」
「分かってる。でも、人を傷つけたら謝らないといけないんだよ? そんなこと、竜なら子供でも知ってる。向こうにそうする気がないのなら、私が」
固い決意のガウ。その気持ちが嬉しい反面、心配にもなるウード。
「それにしても、ドワーフの人は街ここから出られないなんて」
「うん。ちょっとびっくりだった」
「どうにかならないのかな」
「うーん。セラーさんなら何か知ってるのかな」
二人、何となく会話が途切れ掛ける。
とんとん。
ドアがノックされた。
ウードがドアを開けると、立っていたのは子供のドワーフだった。人間で言うと十歳前後だろうか。
動き易そうな服、快活そうな顔。
丸い輪郭が可愛らしい。
【こんにちは、あの……】
女の子は恐る恐る、いつかセラーが使ったのと同じ言語で話しかけてきた。
【万能の話者様、今から一緒に来てもらえませんか?】
ウードは思わず振り返り、背後のガウと顔を見合わせた。




