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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第二部 話者と剣士
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ユーラケサークのセラー

 途中、他の刀剣工房でウードは気になる人物を見た。

 その人は、ドワーフの刀匠(とうしょう)が剣を打つのをサポートしていた。


 見た目はまるで人間。ドワーフ人の肌は少し緑がかっているが、その男の肌は病的なまでに白く、皮膚の下の血管が透けて見えるようだった。


 そして赤い髪――瞳は銀色だった。

 「あの人はセラーと言います。と言っても、我々がそう呼んでいるだけですが」


 「ドワーフ人、じゃないですよね」

 「彼はユーラケサーク族の、おそらく最後の生き残りです」

 トマリの顔が少し(うれ)いを帯びたものになっていた。






 大昔、このあたりにはドワーフとユーラケサーク、二つの種族が住んでいた。

 ところが、技術系、工業系の加護持ちが多くドワーフに現れ、その技術力で生産された品々の輸出でドワーフが潤っていったのとは対照的に、目立った加護持ちが出ないユーラケサークは次第に衰退していった。ただ、ユーラケサークは(みな)長命だった。


 やがて、ドワーフはユーラケサークを侵略、支配し、彼らを奴隷として使役するようになったという。

 ユーラケサークは過酷な環境に置かれた。(サティルナス)の拡張のための岩盤を掘る工事や、地下から鉱物資源を採掘する作業など、ドワーフは過酷な重労働を次々と彼らに押しつけていった。

 ユーラケサーク族は長期間のオーバーワークが(たた)ったのか徐々に数を減らし、遂には死に絶え、一時期、街から――消えた。



 だが、ある日セラーはふらっと現れたのだという。

 どこから現れたのか誰にも分からなかったが、この街に住み着いた。入国審査のラベントにも街に入った方法は不明だったが、彼が最後のユーラケサークかもしれないと言うことでそのあたりは不問にされた。


 なのだが、ドワーフは彼を扱い兼ねた。

 ただ、もう奴隷として使役しようという発想はドワーフにはなかった。


 それで、ドワーフ達は彼をそれとなく監視しながら、こうして仕事を与えて様子を見ているのだという。

 「彼は、最後の生き残りかもしれないの、だから」


 トマリはセラーを何とも言えない顔で見つめる。ドワーフにしてみれば、彼の姿を見ることはそのまま自分達が犯した罪を見るのと同じだから、だろう。

 セラーに、作業の指示は身振り手振りで伝えられているようだった。

 「彼は――話さないわ」

 「話さない?」

 「セラーという名前も、私達がつけたの。話さない、と言うより、もしかしたらドワーフ語が話せないのかも」

 トマリは少し困惑した顔。

 「彼には私達と同じ権利が与えられているわ」

 ウードは少し離れたところにいるセラーを見た。

 と、セラーの方もウードを見た。

 二人はにこりとし、互いに会釈した。

 「どうしたの? ウード」

 「いや、何でも」

 『あの人、とても綺麗な髪色ね』

 セラーの耳に入るのを気にしたのか、竜語のガウ。

 本当にそうだね、とウードも竜語で返す。と、セラーの銀の瞳が大きく見開かれているのが目に入った。

 彼は小刻みに身体を震わせていたかと思うと、ウードに近づきその手を取った。

 そうして――口を、開いた。



 【お持ちしておりましたよ、万能の話者】

 瞬間、ウードの目が緑色に光り輝く。



 【あ、あなたは……?】

 思わずいま聞いた言葉で話してしまうウード。



 セラーは、ああやはり。またいずれ、と言い置いてウードの前から去る。



 ――何語なんだ? 今のは。

 自分の耳に触れ、今の言語の感触を呼び覚まそうとする。

 「セラーが、喋った……?」

 その様を――(そば)のトマリが食い入るように見ていた。






 家に帰るともう夕方だった。

 ガウ、ウードの二人は簡単な夕食を済ませ、リビングでお茶を飲む。

 「どうだった? ガウ」

 「そうね。やっぱり刀の工房が楽しかった」

 「あ、鎧の工房でもお願いしにたよね」

 「うん。この服だと心許ないから」

 ガウは今の簡素な外出着を示す。

 鎧の工房でガウが頼んだのは軽量な部分鎧(プレートアーマー)だ。


 ふと、ウードは何かに思い当たる。 

 「何だか、何て言うか……」

 ガウを見て戸惑いの表情。

 「ん? どうしたの?」



 「……ガウはさ、仕返ししようと、思ってるの?」

 剣の(あつら)えを頼み、鎧を注文し、まるで。



 「それって、僕の為?」

 それを聞いたガウはぷい、とそっぽを向いた。

 悪戯(いたずら)(とが)められた子供のようだとウードは思う。



 「あいつら、ゆるさない」

 何故か片言のガウ。


 「ねえガウ、僕はもう――いいんだよ」

 すると今度はきっ、とウードを睨みつける。

 「駄目。ウードがそう言ったって、私が許せない!」

 何と言えばいいのだろう、その気持ちは――確かに嬉しいのだけど、ウードはもう、ガウに戦ってほしくない。

 だけど、ガウの気持ちを頭ごなしに否定することもできない。

 ガウの手にそっと自分の手を重ねるウード。

 「――分かった。でも、無茶はしないで」

 それがウードの精一杯だった。




 サティルナス二日目の夜。

 ベッド上でウードはユーラケサーク族のセラーのことを思い出していた。



 『――たよ、万能の話者』

 瞬時に合うようになったとは言え、未知の言語の喋り出しは聞こえない。ただ、『万能の話者』と言う単語ははっきりと聞こえた。

 ――何故分かったんだろう。



 思い当たるとすればあの直前にガウと竜語で会話したことだが、あれだけで断定はできないはずだった。

 ――だが、もし竜語を知っていれば?

 セラーが竜語を知っていて、それを自然に話せるウードに興味を持ち、仮で『万能の話者』と呼んだ可能性はある。

 ウードはそう考え、だとすればもう一つの可能性に気付く。

 ――ガウが竜だとばれた?

 そうなったらまた、逃げなくてはならないのか。

 暗澹(あんたん)たる気持ちになりつつ、ウードは眠りに就いた。

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