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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第二部 話者と剣士
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工業区――ミキシラ

 次の日。

 久しぶりにまともなベッドで眠った二人は少し遅くに目を覚ました。

 取り敢えずガウが朝食を作る。ちゃんとした食材を使った朝食はいつ以来だろう。

 「ありがとう、ガウ」

 「いえいえ、どういたしまして」

 リビングのテーブルにはトーストとサラダ、温かいスープが並ぶ。

 「さあ、食べましょう」

 ウードの皿には予め食べやすいように、千切ったパンが置かれている。

 「いつもありがとね」

 そう言ってパンを口に運ぶウードに、ガウはにっこりと微笑みかけた。



 

 昼過ぎになってやって来たトマリの提案で工業区の見学に行くことになった。

 大通りを西に歩く。

 相変わらず屋外は陽も射さないはずなのに明るい。工業区(ここ)にもぽつぽつと生活必需品を売る店がある。さすがに商業区一点に集めると色々と不都合もあるのだろう。


 「今日は剣の製作工房を見ていただきます」

 先頭を歩き、にこやかな声を出すトマリ。

 『へえ、私に一本、打ってくれないかしら』

 内緒話のつもりなのか竜語を使うガウ。

 『頼んでみようか?』ウードも竜語で返す。

 『本当? だったら、私、ちょっと考えていることがあるんだけど――』

 と、ガウは自身が抱いている剣のイメージをウードに伝える。

 「お二人、それは何語ですか?」

 いつの間にか歩みを止めたトマリが二人を見ていた。

 「あ、いえ……、あはは」

 笑って誤魔化すガウ。

 トマリはそれ以上追求せず、歩みを再開する。





 刀剣の工房は工業区の外れにあり、一人のドワーフが剣を打っていた。トマリは彼にガウとウードを紹介する。

 工房の主はミキシラと言う名前の男だった。

 ガウ、ウード、トマリはじっとりと暑い工房で、彼が剣を打つのを見学する。





 ウードは、火の臭いを初めて嗅いだ気がした。

 真っ赤に熱された鋼を刀工は自分の望む形に打ち出していく。そのリズム、その力加減。素人のウードが見てもミキシラの腕前がとても高いレベルにあることが分かった。

 ミキシラは一心不乱にハンマーを振り下ろす。どうやら今は熱した鋼を剣の形に成形していく工程のようだった。

 ハンマーが鋼を叩く(たび)に火花が散り、その形を剣へと近づけていく。ウードとガウはその、まるで魔法のような光景にしばし見とれる。

 やがて打ち終わったのか、ミキシラはすっかり剣の形になった鋼を冷ますための棚に置いた。そうして、二人に近づいて軽く頭を下げた。

 思ったよりも若い男だった。人間で言えば二十代にも見える。

 『ミキシラさんは刀工の中でも有望株なんですよ。この若さで独立してますし』

 トマリがそう言うと、ミキシラは恐縮したように首を振る。

 彼は共通語は苦手なのだろう、最初からドワーフ語だった。

 ウードは壁に飾られた刀剣が、どれも見事な造形であることに気付く。ガウがウードの袖を引く。隣を見るとキラキラした目をしたガウがいた。



 「ねぇ! あれ! なにですか?」

 (つたな)い共通語で彼女が指差した先にあったのは、壁に飾られた刀剣の中でもひときわ異彩を放っていた。

 

 他の剣は真っ直ぐな刃であるのに対し、ガウが指したそれは僅かに()っており、また、片方にしか刃が付いていなかった。(つか)に鍔がついているのも特徴的だ。



 刃のついた部分に表れている紋様――刃紋が、高い方から低い方へ、波が流れるように刀全体を包んでいた。



 「きれい……」

 頼んで刀を触らせて貰うガウ。


 「軽い……、それに、なんて歪みが少ないの」

 刀を手にしたガウは感嘆しきりだ。


 ミキシラによれば、刃に使う鋼の材質を一から見直し、制作工程も独自で編み出したのだという。


 『この刀は、焼き入れの工程で鋼が縮み、刀身が(みね)の方に反るのです』


 その反りのおかげで切りつける際の負荷が軽減され、また、剛性も飛躍的に向上したらしい。

 『いま、この製法をマニュアルにまとめて、他の工房にもお願いして大量に作ろうとしています』とトマリ。

 ドワーフの首脳陣は、この刀を輸出品として新しい貿易の目玉としたいようだ。

 少し振ってみていいか聞いてみて、と言うガウ。

 ウードがそれを通訳すると、ミキシラは快く許可した。




 工房の前は小さな広場になっていた。

 ガウはその中央に立ち刀を構える。

 上段の構えから振り下ろし、返す刀で逆薙(さかな)ぐ。一呼吸置いて、中段に構え直し摺り足から突きを繰り出した。

 『ウード! 凄いよ、これ! 私のイメージにぴったり!』

 竜語で叫ぶガウ。

 軽い刀が楽しいらしく、ガウはその後も無心で刀身を操る。


 『良い動きですね、彼女』

 ミキシラは楽しそうに刀を振るガウに興味を持ったようだった。

 『好きらしいです』

 『宜しければ差し上げましょうか?』

 軽く持ちかけてくるミキシラ。

 『何なら他のでも』

 ウードは工房を振り返り、開け放たれた入口の先、壁に飾ら

れた刀剣を見る。

 『――どれも、とても美しいですね』

 『いや、まだまだなんですよ。皆さんにそう言っていただけるのは素直に嬉しいんですけどね』

 どこまでも低姿勢なミキシラ。何となくだがこの人ならどんな無茶を言っても怒られることはないのでは、とウードは考える。



 『そんなに謙遜しなくても』と隣のトマリ。

 『――あの、ミキシラさん』

 ウードはおずおずと切り出す。

 『実はお願いがあるんです』

 ミキシラもトマリも、何かを言うつもりのウードに注目する。

 いつの間にか試し振りを()めていたガウは、居心地悪そうに三人を見つめた。



 『――という剣なんですけど、どうでしょう』

 ウードはミキシラに、ガウの要望を伝える。


 と、彼は少し思案する顔になったが、すぐににこりとして、

 『やってみましょうか』と言った。


 トマリによれば、費用は気にしなくていいとのこと。

 「我々の技術向上につながるかもしれませんから」

 「ありがとうございますっ」――二人で頭を下げた。




 『では、出来上がったら連絡しますね』

 ミキシラに手を振り、工房を後にする三人。

 「やー、楽しみですね、どんなのが出来上がるんだろ」

 トマリは心底楽しそうな表情だ。

 「良かったんですか? あんな無茶を」

 今更ながら気の引けてきたウード。ガウも何となくばつが悪そうだ。

 「大丈夫です。あなたたちは何も気にしなくていい。私達は常に技術向上を目指していて、その為には何でもする――それだけよ」

 トマリにそう言われて、ウード、ガウは大人しく甘えることにした。

 この日は他にも鎧の制作工房や他の刀剣工房、馬具工房などを見て回った。ガウは目に入るもの全てが珍しかったようで、ウードに通訳を頼みながら逐一気になったことを質問していた。

 ――楽しそうで何より。

 ウードは、そんなガウを柔らかな視線で見つめた。

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