表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第二部 話者と剣士
50/250

サティルナス――街の中

 二人が足を踏み入れた場所は一本の通路になっており、突き当たりに透明な仕切り板の()まったカウンターがあり、そこが窓口のようだった。


 窓口にはこちらに微笑みかける男が座っていた。


 つまりここは、サティルナスへ入るための審査をする部屋なのだろう。



 カウンターに座っているのはかなりがっちりしている男だが、あれがドワーフの標準なのだとウードは気づく。彼はにこにこと、ガウとウードが近づいてくるのを待ち構えている。


 「ね、ねえ、どう――するの? 私、ドワーフ語、自信ないよ」

 不安そうなガウ。見たところカウンターの人物は生粋(きっすい)のドワーフ。とても共通語など話してくれそうになかった。

 「共通語だって片言なんだからね、私」

 するとウードが口を開く。

 【問題ない。何も心配はいらないよ】


 ガウには今、彼が何と言ったのか聞き取れなかった。

 だが、ガウの遠い記憶を呼び覚ますリズムを持った音だった。

 やがて思い当たるガウ。それは、(かつ)てここサティルナスで聞いた言葉。

 「い、今の――? ひょっとして?」

 ウードは笑って頷き、彼女の手を引いてカウンターに向かう。





 窓口では男と二人の間を透明な仕切り板が(へだ)てており、ウードはその透明な板()しに男と向かい合った。



 『ようこそサティルナスへ。観光ですか? お仕事ですか?』

 予想通りカウンターの男はドワーフ語で話しかけてきた。



 ただ、交易もやっているのだとすれば共通語も話せなくてはなるまい――要するに、来訪者を試しているのだ。



 ――やっぱりだ。もう聞こえるようになってる。

 ウードは驚く。



 いつだったか、カナーティの街でオーガの男の子と話した時は耳がオーガ語に「合う」まで少なくない時間がかかった。だが今回は、一言――さっきの門の声――触れただけで、ウードはもうドワーフ語を使いこなせるようになっていた。



 ――これは、もう……。

 何がきっかけかまだ分からないが、『万能の話者』は進化したのだ、そうウードは確信した。

 加護には段階を経て成長するタイプのものから、初めから能力が固定されているものまで様々だが、どうやら『万能の話者』は成長する加護であるらしかった。



 『あ、いえ、僕達は――』

 ウードはこれまでの経緯(いきさつ)を簡単に男に話す。もちろんガウが竜であることや、ウードの力のことは伏せ、ただとある山小屋で暮らしていたこと、寒さが厳しくなる前に人里に降りてきたことを話し、

 『――なので、この冬のあいだ滞在させてもらえないかな、と』ウードは説明を終える。




 男はウードのドワーフ語に目を丸くする。

 『ほえー。こいつぁ驚いた。お前さん――ドワーフじゃないんだよな?』




 『あ、ああ、違います。人間ですよ』

 急に口調が砕けた男。せいぜい片言(かたこと)のドワーフ語しか話せないんだろうな、と思っていた少年から流暢な母族語が聞けたことに気を良くしたのだろうか。




 『で? 冬の間中の滞在をご希望なんだね? そうさなぁ……』

 男は思案顔で机上(きじょう)に置いてあった長方形の小さな機械を手に取る。それは顔と同じくらいの長さで、平べったかった。そして、内側についているボタンを何度か押した後、男は機械の上辺を耳に押し当てた。



 『あ、こちら入国窓口のラベントですがね、実は――』

 驚いたことに、それは遠くの人間と会話できる機械のようだった。ラベントと名乗った窓口の男は機械の向こうにいる人といくつか言葉を交わした後、機械を耳から離し、スイッチを切ったようだった。



 「凄いわ。さすがサティルナス」

 「う、うん。あれで会話とか、どういう仕組みなんだろ」

 二人がひそひそと話していると、ラベントがこちらを見た。



 『お二人さん、滞在許可が出たぞ』

 『ほ、本当ですか』

 「ウード、何だって?」

 滞在許可、出たよと言うと、ガウは安堵の表情を浮かべた。



 確かに、これ以上野宿が続くのは辛い。

 『――ドワーフ語、書けるかい?』

 ウードは首を振り、連れも書けないです、と言うとラベントは書類を取り出し、二人から名前や年齢、出身などを聞き取って記載していく。



 『ほお、カナーティからとは、また随分と遠くから来たな』

 ウードは曖昧に頷く。フォルトッドの名前はややこしくなる気がしたので使わないことにして、『ウード』、そして『ガウ』で書類に記入してもらった。



 『よし、まあこんなもんだな。待ってろ、いま案内が――お、来たか』

 ラベントの後ろから少女が一人現れた。見た目はガウやウードと同じくらいだろうか。目のくりっとした可愛らしい見た目でで、二人を見てちょこんと頭を下げた。

 その少女がラベントの後ろに回る。と、程なく窓口の横の壁がぷしゅっと開いてこちらへ出て来た。



 ――そこがドアになってたんだ。

 ドワーフ式の自動ドアは本当に見つけ辛いとウードは思った。

 『初めまして、私はトマリ。サティルナスの観光ガイドをやっています』



 『あ、どうも。僕はウード、こっちはガウ』

 『あら――まあ。どこでドワーフ語を?』

 『独学で、ほんの少しかじっただけなんです』

 『そうなの? それにしては完璧。あ、と言うことはお連れさんも?』

 トマリと目が合って愛想笑いのガウ。

 『いいえ。彼女は話せません』

 『そうなんだ』

 言って、

 「――なら、この方がいいわね」

 共通語に切り替えたトマリが、二人に笑いかけた。





 窓口の横、突き当たりの壁。

 ただの壁だと思っていたところが自動で開く。

 「さあ、こちらへ」

 トマリの後をついていく二人。

 例の空気の音がしてウードが振り返ると、すでにドアは閉じていてただの壁になっていた。

 「まあ、防犯対策ですね」とトマリ。



 つまり、この街に入る時も出る時も必ず承認が必要で、特に出る場合、勝手にさっきの施設に行くこともできない、と言うことだ。

 厳重な出入りの管理が機能しているからこそ、この街は長く安定しているのだろう。



 「わぁ……」

 ウードが感嘆の声を上げる。

 街だ。

 間違いなくここは、街だ。

 

 出たところは広場になっていた。広場から太い道が何本か延びており、色々なところへ(つな)がっているようだ。


 広場の向こうにはきらきらした建物が建ち並んでいる。どうやらここには沢山の店舗が集まっているらしく、通りを行き交う人々は時折足を止め、店頭に並べられた商品に見入っている。

 

 通りにはまた人以外にも馬車や馬も通っていた。空こそ見えないが充分に明るく、まるでここにも陽の光が射しているかのようだった。

 どういう仕組みなのだろうと見上げると、天井の所々に採光用のとても小さな窓が幾つか()いている。ああ、あれは地上からは見えないようになっているのよ、とトマリ。


 「あれらを私達は『天窓』と呼んでいます。ただ、それだけでは明るさが足りないので魔法光(ライト)も併用しています」

 ――あんな小さい窓じゃなく、もっと大きくすればいいのに。

 ウードはそう思ったが、口には出さなかった。


 「さて、たくさんのお店が軒を連ねているここは商業区です」

 また後日来ましょう、とトマリは南へ歩いていく。




 やがて、商業区を抜ける。

 トマリの説明によれば、サティルナスは大きく五分割されているようだ。



 街はちょうど真四角の形で、十字状に大通りが東西南北を繋いでおり、北側から時計回りに商業区、居住区、工業区、行政区と言う区割りだ――そして、それらに取り囲まれるようにして中央にあるのが五番目の区――博物区だ。



 博物区、というのはドワーフの研究施設や教育機関などが集まっている地区らしい。


 ドワーフとは技術の集団だ。故に自分達を支える技術研究の施設や知識の継承――そう言ったドワーフの心臓部を中央に据えたのだろう。

 三人は居住区を歩いている。商業区に隣接している辺りは騒がしい印象だったが、南に下るに従って落ち着いた雰囲気になっていった。

 「ここです」

 トマリが立ち止まったのはこぢんまりとした家の前だ。

 「この家を、あなた達にお貸しします」

 「な」

 まさか家を一軒貸してくれるとは思っていなかった。

 ガウも同じ思いだったらしく、目を丸くしている。

 「ふふ。さあ中へどうぞ」




 家は二階建てで、住宅としての機能を充分に満たしていた。

 何だか森の家に似てるね、とガウに言われて、妙な既視感はそれかとウードも納得する。



 「では、今日はこれで失礼します。また明日お伺いします」

 簡単に家の設備の説明を終えた後、トマリは帰って行った。

 何と言ってもまず風呂、だった。



 長らく浸かっていなかったバスタブで温まり、入念に身体を洗った二人は、クローゼットに入っていた清潔な衣類に着替えた。ガウは灰色の上着と同系色のズボン。ウードは青っぽいシャツと黒のズボン。クローゼットには他にも沢山の男女用の外出着が収納されていた。



 そうして二人は何となくリビングのテーブルに向かい合わせで座り、どちらからともなく長い息を吐いた。

 「ああ、やっと落ち着いた……」

 ウードも同じ気持ち。

 「お茶淹れるね」ウードは立ち上がり、キッチンに行く。

 ――ええと、どこかな……。



 ウードはシンク下の戸棚を開く。

 ――おお。

 驚いたことにお茶は言うに及ばず、そこにはある程度の食材も入れてあった。

 片腕で苦労しながら何とかお茶を淹れ、リビングに戻るウード。

 「何か、すごい歓迎されてるね」

 「そうだね――多分、君のドワーフ語のおかげかな」

 と、ガウ。

 「どういうこと?」

 「ドワーフの神様はね、懐が広いの」

 ドワーフの言葉を話すものは家族なり――そんな教えもあるのだそうだ。



 「でも、私も気になるな」

 お茶を飲むガウ。思いのほか甘い後味が彼女の琴線に触れた。

 「どうして、ウードはそんなにも?」

 竜語だけでなく、まさかドワーフの言葉もだなんて、とウードの顔を見つめる。



 「――僕はね」

 ことり、とマグカップをテーブルに置くウード。

 「父から言語魔法の手解きを受けたんだよ、それで」

 『万能の話者』のことはひと()ず伏せる。ガウに余計な心配をかけたくなかった。

 「ふぅん……」

 今の説明で納得したとは思えなかったが、ガウはそれ以上何も言わなかった。

 とにかく今日は休むことにして、二人は早々にベッドに入った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ