結構楽しいよ
全身毛むくじゃら。口元には牙。
「昨日の魔獣だね。仕返しってとこかな?」
ガウは木剣を中段に構える。数が多い。五十匹くらいはいる。一匹いっぴきは小さな攻撃力でも、この数では生命の危険があるとウードも身構える。
「来るよ! ウード、私の後ろへ」
何匹かがこちらへ飛びかかってくる。
ガウは三匹を横なぎ一閃で撃ち落とす。木剣の軌道のコントロール、効率的な力の使い方、ガウの才能の片鱗を窺わせる見事な剣捌きだ。更に、返す刀で二匹。
だがやはり数が多すぎる。第二波はさっきよりも飛びかかってくる数が多い。
次々に打ち倒していくガウ――が次第に、押し込まれていく。
ウードも持っていた木剣で何匹か倒したが、焼け石に水だ。
「ウード! 大丈夫?」
「な、何とかっ」
その時、死角から魔獣に体当たりを食らいよろめくウード。
一方、ガウの息が上がっていく。一撃では魔獣を倒せなくなってきた。
――く、このままじゃ……。
タイミング悪く次の魔獣の体当たりを左腕に受けてしまうウード。バランスを崩し、膝を突いてしまう。
「ウード!」
だが、ガウにも何匹かの体当たりが直撃する。それでも彼女はぎりぎり倒れない。
「ガウ!」
思わず、左腕を伸ばすウードだが、そこに――腕は。
――くそっ。
頃合い良しと、いよいよ飛びかかってこちらの肉を食い千切るつもりなのだろうか、魔獣達がいったん二人と距離を取った。
とっくに体力を使い果たしたウードは立ち上がれず、魔獣の動きを目で追うことしかできない。
――だめだ、もう……。
「――あんたたち、いい加減にしなさいよ」
声のした方をウードが見ると、ガウが、魔獣の群れを睨みつけていた。
「――ガウ?」
彼女の金色の瞳がつやつやと輝く。
睨みつけられた魔獣達は身体を強ばらせ、先ほどの勢いはどこへやら一歩も動けなくなったようだった。
そして。
短く、だが圧倒的な――咆哮。
魔獣達は悲鳴を上げながら散り散りに逃げ去っていった。
全ての魔獣が逃走した後、残ったのはガウが打ち倒した十数匹の肉体――気絶しているだけで、死んではいないようだった。
「ふうっ」
魔獣が完全に逃げたのを確認してからガウはその場にへたり込んだ。ウードはどうにか立ち上がり、彼女によたよたと近付いて肩に手を置いた。
「あ、ウード……。大丈夫だった?」
「うん。ガウのおかげだよ」
怪我は? ガウの問いに首を振るウード。
「そう、良かったぁ……」
思わずその場で仰向けになるガウ。
ウードも何となく彼女の隣に寝転がる。
「剣があれば、楽勝だったんだけどなぁ」
「そうだね……」
視線の先、空が高い。ゆっくりと流れる雲が二人の視界を遮りながら去っていく。
ウードは首だけ動かして、ガウの横顔を見る。
瞳に先ほどまでの輝きはもうない。穏やかな金色だ。
「綺麗な、瞳だね」
思わず呟いていたウード。
「きゅ、急に何よ……」怪訝な顔のガウ。
「や、思ったことはすぐに言ってしまわないと、消えちゃう気がして」
「そ、そうなの?」
ガウと視線を合わせるウード。
「――僕に言いたいこと、ガウはない、の?」
言われて、思案顔。
「今のところはないかな」
――君の負担になってない? 僕。
思わず身体の左側をさする。
左腕があればもう少し魔獣を倒せただろう。それでガウをどれだけ楽にできたかは分からないけど、少なくとも――。
「あ、言いたいことあったわ」
ガウは半身を起こし、ウードの顔を見下ろす。
「えーとね、いま結構楽しいよ、私」
破顔。白い歯がこぼれた。
「ほ、ほんとに?」
ウードも身体を起こす。
「ほんとほんと。さっきも何だかんだで追い払えたし」
「なら、いいけど、いつもああ言うわけには……」
「そお? 大丈夫よ。竜は百獣の王なんだから」
「ま、まあ……、そう、なのかな?」
ガウの笑顔につられ、相好を崩すウード。
やがて、二人で声を上げて笑い出す。
魔獣を追い払えた安堵で、ガウもウードも満たされていた。
「さあ、もう一息、頑張ろ」ガウがウードの手を引く。
一頻り笑った後、二人は立って歩き出した。
「こ、ここ?」
何もない荒野の、更に何もない場所。
地面に背の低い草がまばらに生えているだけの、ただそれだけの空間。ウードには、ここに何かあるとは到底思えなかった。
「そのはずよ」
しゃがむガウ。
辺りに注意深く手を触れ、目的のものを探していく。
砂埃を払い、石をどかし、草を掻き分ける。
「あったわ」
「ん? どれ」
「ここよ、ここ」
ガウが指し示した地面。
草に覆われて視認しづらいが、よく見るとそこにはうっすらと長方形の境目が見えた――ちょうど、ひと一人通れるくらいの大きさ。
「そこが入り口?」
うん、とガウが長方形の下辺の少し窪んだところに触れる。そこは奥まっていて、上から踏んでも届かない場所。
ぷしゅっ。
空気の音がして地面が上から下へ吸い込まれ、階段が現れた。どうやら地面に偽装したハッチだったようだ。
ウードが中を覗き込むと、地面に近い方から奥へ向けて、順にライトが点灯していく。遠くは見通せないほどで、相当長い通路であることがわかった。
「じ、自動?」
「そうみたいね。前はこんなじゃなくて、取っ手を引っ張り上げて開けるようになってたのに」
ガウは先に立って階段を降りていく。ウードも慌てて後に続く。




