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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第二部 話者と剣士
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サクヤ

 サルクは牢屋の番兵に、先日捕らえた人間の場所まで案内させる。

 時刻は昼過ぎ、まだ陽は高く、カザイア地方の秋は夏とそう気温も変わらない。


 「こちらです」

 「ああ、ありがとう」

 番兵を下がらせるサルク。

 鉄格子の向こうには、急に現れたオーガに目を丸くしている人間がいる。


 「――名前は何か、人間」

 サルクが口にしたのは、人の言葉だった。


 共通語ではない、人間が普段話す言語。

 「ラ、ラモーン・ネルと申します」

 偽名を名乗るリンクス。


 ただ、効果はないな、と思いながらだ。

 目の前の男とは何度も王宮で顔を合わせたことがある。


 人間よりも遥かに高い身長、赤味がかった肌、頭には二本の漆黒の角。青い眼光鋭く、見るものを威圧せずには置かない。


 「そう、か――私はサルク。オーガの長である」

 やや言葉が堅いきらいはあるものの、概ねサルクの人語は充分なレベルに達していると言えた。


 「お目にかかれて光栄です。サルク殿」

 サルクは目で頷く。


 「ネル殿とあのエルフは、何の目的で来たのか、ここに」

 「は。最初から申しておりますが、私達は旅の者で――」

 「そう言うのはもう良い――貴殿の顔を忘れるほど、私は老いておらん」


 「いや、これは、何とも……」

 俯くリンクス。


 「申し訳ないが――フォルトッド(・・・・・・)殿」

 つ、と顔を上げるリンクス。サルクの顔からは何も読みとれない。リンクスは何も言わず、黙って次の言葉を待った。



 「我々は、事が済むまであなた達二人を帰すわけには行かない」

 「そ、それは――?」

 「いずれわかる」

 それまであなた達の安全は保障しよう、と言い置いて、サルクは去っていった。

 サルクの遠ざかる背中を見送りながら、リンクスは素早く思考を巡らせる。



 ――今のは。

 今から何かが起きる、など冷静に考えてリンクスに聞かせる必要のない話だ。

 何故それをわざわざ? と考えれば、それはリンクスの立場を尊重してくれたと言うことなのだろう。リンクスがゼルスタン王国の要職にあることを知っている、サルクならではの配慮。



 ――と言うことは。

 オーガは、ゼルスタンから離反するつもりなのか、とリンクスは淡い確信を抱く。



 この事実、すぐにでもマルフォント王に伝えなくてはならないが、今のところ方法はない。魔法防壁(シールド)の上がっている牢屋で魔法使いに出来ることはない。


 リンクスに出来ることは、ただ祈るだけだ。

 ――そう言えばサクヤは? 無事なのだろうか。

 捕らえられた日から、彼女の消息を聞いていない。

 先ほどのサルクの物言いでは、無事は保障されているようだが。

 ――無事だといいが。

 ここでもリンクスは、祈ることしか出来ない。






 その頃。

 「君は、いつからマルフォントに?」


 酒場でサルクと酒を飲んでいるのはエルフの女、サクヤだ。

 彼女は金髪を後ろでちょこんと結んで、黄色の瞳を無邪気に細めている。

 「ここ五十年はずっと王都で」

 「長いな――いや? 君らには短いのか」


 「さあ――どうでしょうか」

 サクヤは自分のグラスに口をつけた。


 二人はオーガ語で会話をしている。

 サルクは彼女の流暢なオーガ語に内心驚きながら、顔には出さないようにして会話を続けている。


 「君がマルフォントに愛想をつかした理由は何だい」

 サルクの問いに、サクヤは短く微笑んだだけで答えない。


 代わりにこう言った。

 「あの王は、王であろうとし過ぎたのかもしれません」

 「王であろうと(・・・・)、かね」

 「ええ。王とは、その存在だけで王()り得なくてはならない。なるものではない(・・・・・・・・)、のです」


 「ほう?」

 「加護のない王はゼルスタンには不要なのです。この多種族国家は、『絶対君主』の加護なしではまとまらない」


 やはり、とサルクは心の内でにやりとする。

 ――マナ()から、『絶対君主』は本当に失われたのだ!


 「それで? なぜオーガ(われわれ)についた。言っておくが俺にもその加護はないぞ」


 そうですね、サクヤはサルクの眼を見、そのまま視線を固定する。


 やや長い()の後。

 「勘、ですかね」

 「どう言うんだ、それは」


 「さあ? 勘は――勘です」

 ――(そんなもの)で、五十年仕えた国家を裏切るか。


 今いち信用ならない女だ。サクヤ(かのじょ)への警戒は怠らないようにしなくては、サルクは脳に刻みつける。


 エルフは、ゼルスタンへの加盟が最も古い種族だ。それ故に人間との結びつきは強固で、今回の人質政策もエルフだけは賛成していた程だ。



 ――まあ、こんな跳ねっ返りもいると言うことだな。

 こちらとしては、相手がエルフだろうが何だろうが、ゼルスタン王国の情報を得られるのはありがたい。



 ――だけど、油断禁物だな。

 隣で楽しそうに飲んでいるサクヤ。

 横目で見つつ、サルクもグラスを(あお)る。

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