サクヤ
サルクは牢屋の番兵に、先日捕らえた人間の場所まで案内させる。
時刻は昼過ぎ、まだ陽は高く、カザイア地方の秋は夏とそう気温も変わらない。
「こちらです」
「ああ、ありがとう」
番兵を下がらせるサルク。
鉄格子の向こうには、急に現れたオーガに目を丸くしている人間がいる。
「――名前は何か、人間」
サルクが口にしたのは、人の言葉だった。
共通語ではない、人間が普段話す言語。
「ラ、ラモーン・ネルと申します」
偽名を名乗るリンクス。
ただ、効果はないな、と思いながらだ。
目の前の男とは何度も王宮で顔を合わせたことがある。
人間よりも遥かに高い身長、赤味がかった肌、頭には二本の漆黒の角。青い眼光鋭く、見るものを威圧せずには置かない。
「そう、か――私はサルク。オーガの長である」
やや言葉が堅いきらいはあるものの、概ねサルクの人語は充分なレベルに達していると言えた。
「お目にかかれて光栄です。サルク殿」
サルクは目で頷く。
「ネル殿とあのエルフは、何の目的で来たのか、ここに」
「は。最初から申しておりますが、私達は旅の者で――」
「そう言うのはもう良い――貴殿の顔を忘れるほど、私は老いておらん」
「いや、これは、何とも……」
俯くリンクス。
「申し訳ないが――フォルトッド殿」
つ、と顔を上げるリンクス。サルクの顔からは何も読みとれない。リンクスは何も言わず、黙って次の言葉を待った。
「我々は、事が済むまであなた達二人を帰すわけには行かない」
「そ、それは――?」
「いずれわかる」
それまであなた達の安全は保障しよう、と言い置いて、サルクは去っていった。
サルクの遠ざかる背中を見送りながら、リンクスは素早く思考を巡らせる。
――今のは。
今から何かが起きる、など冷静に考えてリンクスに聞かせる必要のない話だ。
何故それをわざわざ? と考えれば、それはリンクスの立場を尊重してくれたと言うことなのだろう。リンクスがゼルスタン王国の要職にあることを知っている、サルクならではの配慮。
――と言うことは。
オーガは、ゼルスタンから離反するつもりなのか、とリンクスは淡い確信を抱く。
この事実、すぐにでもマルフォント王に伝えなくてはならないが、今のところ方法はない。魔法防壁の上がっている牢屋で魔法使いに出来ることはない。
リンクスに出来ることは、ただ祈るだけだ。
――そう言えばサクヤは? 無事なのだろうか。
捕らえられた日から、彼女の消息を聞いていない。
先ほどのサルクの物言いでは、無事は保障されているようだが。
――無事だといいが。
ここでもリンクスは、祈ることしか出来ない。
その頃。
「君は、いつからマルフォントに?」
酒場でサルクと酒を飲んでいるのはエルフの女、サクヤだ。
彼女は金髪を後ろでちょこんと結んで、黄色の瞳を無邪気に細めている。
「ここ五十年はずっと王都で」
「長いな――いや? 君らには短いのか」
「さあ――どうでしょうか」
サクヤは自分のグラスに口をつけた。
二人はオーガ語で会話をしている。
サルクは彼女の流暢なオーガ語に内心驚きながら、顔には出さないようにして会話を続けている。
「君がマルフォントに愛想をつかした理由は何だい」
サルクの問いに、サクヤは短く微笑んだだけで答えない。
代わりにこう言った。
「あの王は、王であろうとし過ぎたのかもしれません」
「王であろうと、かね」
「ええ。王とは、その存在だけで王足り得なくてはならない。なるものではない、のです」
「ほう?」
「加護のない王はゼルスタンには不要なのです。この多種族国家は、『絶対君主』の加護なしではまとまらない」
やはり、とサルクは心の内でにやりとする。
――マナ家から、『絶対君主』は本当に失われたのだ!
「それで? なぜオーガについた。言っておくが俺にもその加護はないぞ」
そうですね、サクヤはサルクの眼を見、そのまま視線を固定する。
やや長い間の後。
「勘、ですかね」
「どう言うんだ、それは」
「さあ? 勘は――勘です」
――勘で、五十年仕えた国家を裏切るか。
今いち信用ならない女だ。サクヤへの警戒は怠らないようにしなくては、サルクは脳に刻みつける。
エルフは、ゼルスタンへの加盟が最も古い種族だ。それ故に人間との結びつきは強固で、今回の人質政策もエルフだけは賛成していた程だ。
――まあ、こんな跳ねっ返りもいると言うことだな。
こちらとしては、相手がエルフだろうが何だろうが、ゼルスタン王国の情報を得られるのはありがたい。
――だけど、油断禁物だな。
隣で楽しそうに飲んでいるサクヤ。
横目で見つつ、サルクもグラスを呷る。




