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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第一部 世界と戦う前に
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迷子のオーガ

 学校帰りに大通りに出ると、祭りの(いち)が立っていた。思い思いの場所で行商人たちが店開きし、道行く人を呼び込んでいた。


 祭りは毎年豊穣を願って催され、この期間だけは近隣からも人が集まり、かなりの賑わいを見せる。


 ウードは何軒かの店を冷やかしながら当てもなく市を進む。


 途中、宝石を並べている出店に出会う。

 何と呼ぶのか名前も分からないがきらきらとした石の数々。しばし立ち止まって眺めるウード。


 「お若いの、どんな石をお探しか?」

 「あ、いえ――」

 別に、と言いかけて隅っこに置いてあった緑色の石に眼が止まる。

 思わず手に取ると、それは降り注ぐ陽光を集めてちかちかと(またた)き、まるで緑の小さな星に見えた。


 「お、それかね? そいつはエリドートといって鮮やかな緑色が特徴の石だよ。どうだい、安くしとくよ?」


 ウードは石を見つめてしばし考え込む。彼女の胸元でどんな輝きを見せるのか、想像してみる。


 自分の額に触れるウード。それは考える時の癖だ――そんな彼の背後を、何十人も祭りの見物客が通り過ぎていく。


 やがて彼は何かを決めたように顔を上げ、口を開く。

 「あの、これ――ペンダントに、出来ますか?」







 店主にその場で加工してもらったペンダントを受け取り、ウードはポケットに入れる。


 思わぬ出費だったが、これが。

 ――ガウに似合うと、いいな。


 そう考えると自然と顔が(ほころ)んだ。

 ――今から……はもう遅いな。明日かな。


 早くガウに会いたいな――心ここにあらずでぼんやり歩いていると、ひどく寂れた通りに出る。どうやら祭りのメインストリートから外れてしまったようだった。





 ここは表通りから離れ、祭りの喧噪からも遠く、逆に物悲しささえあった。表通りからほんの少しずれるだけでこの寂しさとは、ウードはさっさと通り過ぎようと思わず早足になる。

 と、膝を抱え座り込んでいる小さな子供が目に入った。

 子供は泣き腫らした顔をしていた。今も時々しゃくりあげている。着ている服は良い生地で、この子が捨てられたとも思えない。

 ウードは子供の前でしゃがみ込む。


 「どうしたの? 迷子?」

 びく、と子供が顔を上げ、ウードと目を合わせる。


 ――あれ? この子って……。

 人間で言うと六歳くらいだろうか。子供の頭には髪の毛に埋もれてはいるが、よく見ると二本の小さな角が生えている。それから、やや赤みがかった肌と黒い瞳、口元には牙も見える。


 ――オーガ、だよね。それにしても珍しい。

 子供はウードに(すが)るように、泣きながら口を開く。

 だが、ウードにはオーガ語が理解できない。





 ここゼルスタン王国は多民族国家である。人間は勿論のこと、エルフ、オーガ、ドワーフ、獣人といった様々な種族が王の元、一つの国家を形成している。

 が、基本的にはそれぞれの種族で都市を作っており、交流もなくはないがこんな風に人間の街で別の種族に出くわすことは殆どない。特に人間は他種族への興味が薄いと言われ、ましてやオーガ語など、政府の人間ならともかく一般人には誰も――操れない。一応、ゼルスタン王国には全種族で話される共通語もある。



 ――オーガ語か……。

 知らない言葉、聞いたことのない、音。

 突然ウードの瞳が緑色に閃く。


 男の子に微笑みかける。

 そのまま眼を閉じ、自分の耳に指で軽く触れ、まくし立てる男の子の言葉にじっと聴き入る。


 ――どうかな……? 

 初めは何を言っているか全く分からなくても、その内にゆっくりと、耳の波長が「合って」くる。



 何故こう出来るのかウードにもうまく説明できない。

 強いて言うなら、まるで音の波に耳が順応(じゅんのう)し、言葉の周波数が、自然に合うように。

 ――ガウの時も。

 こうだった、とウードは思い出す。何より自分のこの力に気付けたのはガウのおかげだ。一年前のあの時も、彼女の話す言葉に一生懸命耳を傾けた――。

 「――と、――てし――て、ぼく――」

 凄まじい速度でウードの耳がチューニングされていく。

 そして。

 ウードの耳と脳が、完全にオーガ語と同期(シンクロ)する。

 その途端に男の子の声が「言語」として認識される。

 「あのね、ぼく、お父さんとはぐれちゃったの。ぼく、街は初めてで……」

 「そうなんだ。じゃあ、一緒に探そう」

 驚くほど流暢なウードのオーガ語。

 男の子はちょっとびっくりしたのか、早いまばたきをする。



 「お兄ちゃん、オーガなの?」

 ウードは笑って首を振る。



 男の子の手を取って、立ち上がった。

 「僕は人間。トゥード、って言うんだ。みんなはウードって呼ぶけどね……。それでえーと、君は?」



 「ルタっ」

 にこりとするルタ。言葉が通じて安心したのか涙は引っ込んだようだ。

 「ここには人がいないから、とにかく大通りに出てみよう」

 ウードはルタの手を引き、大通りへ向かう。

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