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その少年は、竜の少女に恋をする  作者: 滝岡尚素
第二部 話者と剣士
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母親

 「ガウ! あなたは逃げなさい!」

 絶叫する傷ついた灰色竜。

 それを中空から見つめる白い竜の、戸惑った顔。



 「で、でも! 母様(かあさま)っ」

 母親はその身体でガウを砲弾から守りながら彼女を空へ押しやる。ガウはホバリングを維持したまま、母親を見返した。




 数十分前。

 (ひら)けた平野を二人で低く飛んでいた時だった。 


 どこからか人間の軍隊が現れ、一斉に砲撃が始まった。母娘(おやこ)を待ち伏していたらしい。




 母親はガウを(かば)って砲弾を受け、墜落した。



 そこは山を背にした、開けた渓谷だった。



 着地した川の流れは緩やかだが、春の初めでまだ水温が低く、母親は血が冷やされ徐々に動きに影響が出て来ている。


 川岸にずらりと砲台が設置され、攻竜兵器がさみだれに撃ち出されていく。その全てを受けつつ、母親は尻尾による薙ぎ払いで反撃していく。見たところ、あまり統率の取れていない部隊のようだった。


 「母様(かあさま)!」

 「何してるの! 行きなさいガウ! 私のことは、もう……」

 軍隊と対峙し、全身に攻竜兵器を受け、もうもうと白い煙を上げながら母親はガウに首だけ振り向けて叫んだ。



 「嫌よ! 絶対、嫌!」

 その時、次弾の装填に手間取っているのか砲撃が止んだ。

 「ガウ、よく聞いて」

 母親は身体もガウに向けて、泣き顔のガウに語りかける。



 「いい? あなたは逃げるの。最初の砲弾があなたに当たらなくて、本当に良かった。

  あなたはまだ若いわ。ここで死んでは、駄目」

 「で、でも、私だけで……?」

 「大丈夫。もう、一人でも飛べるじゃない。それに、もっともっと世界を見なくちゃ、ね?」


 「かあさま……」

 ひとり、と言う言葉がガウの胸に刺さる。これから先、仲間もおらず、母親も失って、それでもなお生きて行けるのか。


 ――でもこんなに、突然だなんて……! 


 「私、私も、闘う――」しゃくりあげ、声にならない声を。

 「聞き分けのないこと言わないで頂戴(ちょうだい)。そんなことをすれば……」



 何かを振り払って、母親。



 「大丈夫よ、これからだってきっと。だってほら、私にも、あなたにもあるじゃない――たくさんの、数え切れないほどの、金色の思い出が」(みずか)らに言い聞かせるようだった。



 母親はホバリングするガウを優しく空に押し出す。後はもうガウに目もくれず、決然と向こう岸の砲台の群れに向き直り威嚇の咆哮を上げた。



 びりびりと震える空気。

 それでも、攻竜兵器の砲撃は――再開されてしまう。



 母親は両手と翼を大きく広げ、ガウには一発の砲弾も通さない。

 「早く! そして、これからは人に(まぎ)れて暮らしていくのよ。多分もう、この先は竜としては……、生きられない」



 「か、かあさま……っ」

 辺りに立ち込めた大量の白い煙、母親の姿はその中に没しようとしている。



 「飛びなさい、ガウ! いえ……、愛しい私の()、ガウハレン・ルナ・グランドート!」



 ――ああ……。

 ガウは母親に視線を固定したまま、うしろ飛びで遠ざかる。



 「どこまでも遠くへ――行きなさい……」

 徐々に小さくなっていく母親の姿。やがて煙に巻かれ――見えなくなり。



 ――かあさまっ。

 ガウは前に向き直り、空に向けて全力で飛ぶ。涙が溢れ、前が見えなくなるのも構わず。



 どんなに高く飛んでも。

 どんなに速度を上げても。

 誰も隣にいない――消えてしまいそうなほど、独り。


 「あああああああぁっ!」

 ガウは雄叫びを上げ、空に向かってブレスを吐いた。



 溢れる大粒の涙、ブレスで温められた空気の匂い。

 眼下、小さくなった地表。もう何一つ、視認できない。

 ――母様、私……、どうすればいい?

 誰も答えることのない問い。



 不意に、誰かの声がした。



 『いい、俺なら構わん』













 ガウはばっ(・・)、と目を見開いた。

 今のは、よく見る母親の夢だ。



 だが、ウードの声が聞こえるなんて今まではなかった。

 ゆっくりと意識がはっきりしてくる。首を巡らせて当たりを見回した。



 ――あれ? ここ、どこだっけ……?

 目の前に見慣れない景色が広がっていた。

 横たわっているのは粗末なベッド。周囲の壁は灰っぽく、窓もないため薄暗い。天井は、今にも崩れてきそうなほどぼろぼろだ。


 ――ああ、そうか。

 ガウは身体を起こす。

 隣では――ウードが静かに寝息をたてている。左腕の辺りが黒ずんだ血で染まっており、ガウは思わず目を逸らした。



 ――よく無事だったね、私たち。

 ウードの顔に手を伸ばし、髪を掻き分け額に手を当てた。



 ――うん、いいね。

 やっと下がった。

 ウードの何日か続いた高熱はガウを狼狽(うろた)えさせた。その間、彼はがたがたと震えて続けていた。ガウが毎日抱きしめながら添い寝し、彼の身体を温め続けたことでようやく落ち着いたようだった。



 ――早く、起きなさいよ。

 頬を指で軽くつつく。



 ウードはあれからまだ――目覚めていない。

 お腹が空いたので、ガウは弓と矢を持って外に出た。

 ドアを閉め、小屋を見上げる。

 ――ほんとにぼろぼろね……。

 ここは、ガウと母親とで暫く隠れ住んでいたことのある場所だ。



 人間では簡単にたどり着けない、北の山頂。

 今はまだ秋のはじめだからいいが、雪が降る前にはここを出なくてはならない。



 ――とにかく、ご飯。

 ガウは小屋の裏手に広がる平野に、獲物を求め踏み込んだ。

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