あたしに何も言わないで
カナーティの街。
ティアナ・ロクスはウードの屋敷からとぼとぼと帰路についていた。
短めの黒髪に都会で流行りの蝶のアクセサリーを着け、普段は絶対に着ないと自分でも思うような、フリルのついた白いシャツ。そして、淡い青のスカート。
本人は相当の勇気を出してウードに会いに行った。だが、屋敷には今日も誰もいなかった――もう何日も不在だった。
ティアナは大きなため息をもらす。
新学期が始まってから一度もウードを見ていない。クラスではウードと仲の良い方だと自負していたティアナは、彼から何も聞かされていないことに愕然とした。先生に確認しても理由はわからないようだった。
実はティアナは、この夏のあいだ何度もここへ来ようとしては寸前で挫けていた。
――こんなことならばもっと早くに来れば良かった。
そうすればきっと会えたに違いない。
悔やんでも悔やみきれないティアナだった。
――白い竜が北の空に飛んでいったらしいぞ。
――なんでも、王軍とやり合ったそうな。
――ヤツら攻竜兵器まで出したって言うぞ。
――へぇ、それでも逃げられた?
――存外、王軍も頼りない……。
――銀鱗を欲しがるとは、マルフォント王も歳をお取りになられたのぉ……。
街路のそこかしこから漏れてくる声。
白いドラゴンが街の東門に現れ、飛び去ってから何日も経つのにまだ興奮さめやらぬようだ。
あの夜。
騒ぎを聞いてティアナの一家も外に出た。
あちこちから同じように人が出ていて、みな東門の方を指さしている。
見上げた先――真っ暗な闇の中。
ティアナは初めて見る、真っ白なドラゴンが北に向けて飛び去るところだった。
ドラゴンの美しさに目を奪われながら、ティアナはその口元に違和感を覚える。
それはあまりに彼方で、ティアナにもはっきりとは見えなかった。
だが、白い竜は確かに――何かを。
――咥えている?
もっとよく見ようと目を凝らした瞬間、竜は加速しあっという間に見えなくなった。
それから。
ただの偶然かもしれないがそこからウードを見かけなくなった。
――以前はよく、窓際で絵を描いているのが見えたのに。
言いようのない胸騒ぎは日に日に大きくなっている。
確かに根拠はない。
根拠はないがティアナは『あれ』が――ウードだったのではないか、そんな疑念が消せない。
ティアナは頭を振る。
――ううん。そんなはず無いわ。
きっと明日には帰って来て、またあの笑顔を見せてくれるはずだ。そうに違いない。
ティアナは自宅近くまで戻って来る。
目を伏せて、さっきの悪い予感を振り払おうとする。
――でも……。
だが、容易には消えてくれない。
――ウード、早く……、帰って来なさいよ。
不意にじわりと滲んだ涙を手でこする。
――どこ行ったのよ、あたしに、何も言わないで……。
何故自分が泣くのか、その理由もはっきりとは分からないまま――どうにも涙は止まらなかった。




