カザイア、牢屋の中
そろそろ二部を再開します。
まずはインターミッションをどうぞ。
天井付近に鉄格子のはまった小さな窓があり、そこから射し込む光で辛うじてリンクスは昼夜を判断できた。
ここに捕らえられて既に三日。リンクスは堅い石畳の上に敷かれた粗末なシーツの上で目を閉じている。
魔法防壁の上がった牢屋の中、魔法を使うことはできない。
魔法使いのリンクスにはその時点で出来ることはないのだが、逸る気持ちを誤魔化す為に瞑想する事にした。
息子のことが気がかりだった。最後に魔法蝶で見たトゥードは、あの森の家に向かっているところだった。
いったん目を開く。
――どうか無事でいてくれ。
リンクスは願う。
三日前。
カザイアの街の大門の前で、リンクスとサクヤ――彼の同僚のエルフ――は街から出て来たオーガ達と睨み合っていた。
異種族を受け入れるかどうかは、その種族の性格にかかっている。例えばエルフなどは意外に閉鎖的で、王国からの使者以外は滅多に街に入れない。その点オーガは社交的で、異文化を積極的に取り入れる気風を持ち合わせていて豪快な性格、と言うのが人間側の認識だ。
だからリンクスは街に入ることには不安を覚えていなかったのだが。
街の大門に近付くなり、数人のオーガに囲まれる。
リンクスはサクヤを背中に隠し、彼らの目を見た。
オーガ達の目には、何の感情も刷かれていない。ただ、だからと言ってリンクスとサクヤを黙って通してくれるような目でもない。
――こういう手合いが……。
いちばん厄介だとリンクスは思う。
彼らは多分、例え理不尽な命令だとしても、その遂行に何の躊躇いも迷いもないのだろう。自分達の行動は完全に正しいと信じている眼だ。
昼下がり、ただでさえ暑いカザイア地方。リンクス達は陽除けにフード付きのローブを身にまとっている。
額から流れ落ちる汗を拭うリンクス。
じりじりとした空気が、身体中の判断力を奪うようだった。
『ここに何の用か?』
取り囲んだ五人のオーガの内、真ん中にいた中年の男が口を開いた。
オーガ語だ――ゼルスタン共通語は使えそうにない。
『私達、旅の者。少し、休む――この街で』
たどたどしいリンクスのオーガ語。
『ほう』
相手がオーガ語で返したのが意外だったのか、男はにやりとし、リンクスの前に進み出た。
「申し訳ないがカザイアは今、オーガ以外は入れない。お引き取りを」
今度は共通語。
「そ、それはどういう――?」
「聞いての通りだ」
「あなた方、街の中で何をやっているの?」
リンクスの背中から顔だけ出し、サクヤが質問した。
「おまえ達には関係ない。さあ、帰れ」
リンクス、サクヤを目で追い払う男。
「お願い。もうくたくたなのよ。ねぇ、少しでいいのよ――」
彼女も大粒の汗。見ると、オーガは汗一つ掻いていない。
「駄目だ」とりつく島もないとはこのことだ。
「あら。よほど中で言えないことでも?」
すると、男は真顔で片方の眉毛だけを上げた。
「何も? ただ――」
「あっ」
「きゃあっ」
気が付くと他のオーガ達がリンクスとサクヤを後ろ手にねじり上げていた。二人は決して油断していたわけではないが、オーガの敏捷性を甘く見ていた。
「さっさと帰ればいいものを――連れていけ」
抵抗しようにも、オーガの凄まじい力には敵わなかった。
それから、リンクスはここに入れられたままだ。
サクヤは別の牢に入れられている。
取り敢えずこちらを害する意図はないようだが、かと言って尋問が始まる気配もない。
――何かを待っているのか? 或いは、こちらに構っている暇もないのか?
リンクスは目を閉じ、再び瞑想に入る。
とにかく待つしかない。
だが、いつまでもこうしている訳にも行かない。
――もし王が、『あの竜』のことを知れば。
マルフォント王が時折見せる子供のようなわがまま。
それが銀鱗を前にした時、最大にまで高まるのではないか。
そうなる前にここを出なければ、とリンクスは考えている。
――トゥードに危険が及ぶことは、何としても避けなければ。
じりじりとした思いで、リンクスは瞑想を続ける。




