竜の少女
街外れの森。
ここは入らずの森と言われ、滅多なことでは人は寄り付かない。魔獣がひしめき、森に入るもの全てに襲いかかると言われているからだ。
そんな森の中、ぽっかりと空いた空白地帯にちいさな家が建っていた。
ウードは少女とテーブルで向かい合わせに座っている。
天窓から射し込む光が暖かく、柔らかく二人に射す。
身体が温められるのが心地いいのか、少女は時折目を細めた。
吸い込まれそうな緑の髪、少し青みがかった白い肌に銀色の瞳。
少女の造形にしばし見とれてしまうウード。
彼女は真っ白なローブを身に纏い、その上から黒いショールを巻いている。
ウードは高等学舎に通いたての、まだあどけなさが残る少年だ。長めの茶色い髪と、きりりとした意志の強そうな眉の下に、青みがかった黒い眼。決して男前ではないが、それだけに力強さのある顔立ちだ。
彼は今日、白の襟付きシャツに青いズボンをはいている。護身用の剣は家に置いてきた。彼女を刺激するかもしれないから。
「で、今日は何の用じゃ」
ぶっきらぼうな少女にウードは微笑み返す。少女の瞳の奥、自分の姿が映っているのがウードには見えた。
「いや――ただ、話がしたいな、と」
すると少女はウードを睨みつけて威嚇した――顔の端から綺麗な牙が覗く。
「はぁー。……お前、人間の友達、おらんのか」
「いないって訳じゃないけど……」
「まったく、毎日毎日……」
「――君こそ友達、いないのかい?」
それを聞いた少女の顔がみるみる怒りに満ちていく。
「それを言うのか、おい!」
あっという間にウードは胸ぐらを掴まれると座っていた椅子から持ち上げられ、高く宙に浮かんだ。
「――覚悟は出来てるんじゃろうなぁ」
「ご、ごめん――そろそろこんな冗談も、いけるのかと思って……」
ウードは足をばたばたさせる。少女は舌打ちをして彼を放す。
「お前、まさか私と仲良くなったとか思ってないよな」
「え? 違うの」
喉の辺りをさすりながら軽く咳込むウード。
「違うに決まってるじゃろ。全く……」少女は首周りの鱗に触れる。完全な人化は難しいのだ、と前に言っていたのをウードは思い出す。
「それに、私は友達がいないんじゃない。同族が――いなくなってしまっただけじゃ」
「そうだったね。ごめん」
何十年も前に彼女の同族は死に絶えてしまい、いまや残るのは彼女だけだ。
――我ながら、悪い冗談だった。
ウードは顎に手を遣る。目の前の少女の気を惹きたいばかりに、学校に上がりたての子供のような真似をしてしまった。
じっと少女を見つめるウード。
「なんじゃ? 私の顔に――」
『君が好きなんだ。結婚してくれないか』
少女は、きょとんとした顔になる。
「お前」
徐にウードの胸ぐらを掴む少女。
「な、何かな」怯えた声のウード。
「また私の知らない言葉で! 今のは悪口かっ」
「い、いや、違うんだ」
ウードは身をよじって拘束から逃れ、立ち上がる。
「ま、また来るよ!」
「もう来るなっ」
そそくさと退散するウード。
彼は世界でただ一人、竜族の言葉が話せる人間。
そして――少女に恋をしている。