二日目
ガウの家、二日目。
リビングのテーブルで向かい合わせに座り、ウードの作った朝食を二人で食べた。
食後にお茶を飲んで一息付くと、ウードは紙とペンを取りだした。
「ガウ、ちょっといいかな」
ガウは少し首を傾げ、ウードに続きを促す。
「――君を描いてみたいんだ」
「お、なんじゃお前、絵が描けるのか」
ウードは曖昧に笑う。
「実はそんなに上手くない。でも、描くのは好きなんだ」
「そうなのか、まあいいぞ」
ガウは済ました顔になって背筋を伸ばす。
自分の椅子を動かしてガウの側に置き、ウードは腰を下ろすとペンを走らせていく。
ちらちらと見られるうち、段々と照れくさくなってきたのかガウの顔がほんのりと赤くなっていく。
或いは、こんなに長く誰かに見つめられるのは初めてなのかも知れない。
ウードは一心不乱だ。
さっきはああ言っていたが実は美術の腕は悪くないと密かな自負がある。
「お、おい、まだかっ」
「――もう、少し……」
最後の線を引き終え、ウードは満足そうに息を付いた。
紙の一番下に自分の名前をサインする。
「できた」
「お、どれどれ」
ガウはウードに近寄り、彼の背中から紙を覗き込む。
自然にウードの椅子の背もたれを掴む彼女の指の気配が、少年にはひどく悩ましい。
「ほう。なかなかどうして」
「あ、ありがとう……」
自分の顔のすぐ隣。ゼロ距離にいるガウにどぎまぎするウード。
「何だお前、上手いじゃないか」
実際、紙の上には済ました顔のガウがかなり写実的に描写されている。
絵は上半身だが、きちんと喉元の鱗も書き込まれていた。
「家でもよく絵を描くんだ。カナーティの街並みとか、部屋の窓から見える大きな樹とか」
「ほう。いつから描いておるのじゃ」
「子供の頃からかな」
父さんが絵だけは褒めてくれたから、とウードは心の中で続けた。
「お前、上手くないと言いながら実は自信ありだったんじゃな?」
「う。ま、まあ……」
やっぱりな、と言ってガウはにやりとする。
ぱっ、とウードの手から紙を奪い、自分の席に戻る。
「いや、ほんとに良い絵じゃ。貰っても良いか」
「う、うん――どうぞ」
そうか、と言って微笑むガウ。その笑顔が眩しくてウードは眼を細める。
自分の部屋の壁に絵を貼り、満足げに頷くガウ。
「ねえ、ガウ」
ウードはリビングに戻ってくるガウに声をかける。
「どうして、僕を泊めてくれるの?」
するとガウはきょとんとした顔になった後、何じゃ、そんな事か、と事もなげにウードを見た。
「お前とはもう友達じゃからな――当然じゃ」
友達、と言われてちょっと複雑な気持ちになるウード。でも前よりは近付けたかな、と気を取り直す。
「友達は、家に泊めてもいいの?」
思わず聞いてしまうウード。ガウはこれにも怪訝な顔。
「まあ、私はずっと一人じゃったからな、本当はよくわからん。ただまあ、お前ならいいじゃろと思うてな」
「そ、そっか」
頭を掻くウード。
「何なら父上が帰ってくるまでと言わず、ずっといていいぞ、ん?」
不敵に笑うガウ。
「じゃあ、そうしようかな」
ウードは、半ば本気で。
その返しが予想外だったのかガウは少し赤くなり、手を組んで指をもにょもにょさせる。
「い、いや、そう本気にされると……」
ウードは照れているガウを愛おしく見つめた。
――本当に、そうできたらいいんだけどね。
リンクスが帰ってくるまであと四日。
その日が来れば否応なしに、
ウードとガウの短い夏は――終わる。
その夜。
ウードはまた眠れず、家の外へ出て星を見ていた。
家の前に座り、膝を抱えて空を見上げている。
暗めの月明かり。夜空一面を埋める星々のきらめきが、ウードの瞳にも降り積もる。
――嫌われてはいないよねぇ……。
少しずつ、少しずつガウとの距離を縮めて、でも、今のところは友達で。
ウードは、そんな自分の立場を歯がゆく思う。
だが、だからといってこれ以上の行動を起こすのも怖かった。
「なんじゃ、眠れんのか」
いつの間にか家から出て来たガウが、ウードの隣に腰を下ろす。
「う、うん。ちょっとね」
君の気配が悩ましくて、とは言えない。
「ガウは?」
「いや、何となく目が覚めて、の」
そう言って抱えた自分の膝に顔を埋めるガウ。
「――静かだね」
ウードの声に、そうじゃの、とガウは返してゆっくりと立ち上がった。
「少し――歩かんか」
ガウは手を差し出す。
その手を、とてもてとも緊張しつつ、ウードは取る。
家の前は広場になっている。
その広場の中央へ、ガウと、ガウに手を引かれたウードが歩いていく。
二人は中央で並んで立ち止まり、周りの音に耳を澄ませた。
昨日の夜より風がない所為か、森は静かだった。
その分、お互いの心臓の鼓動が聞こえそうだ。
まだ握った手をウードはぼんやりと見ている。
彼女の手は冷たく、鱗の感触なのか、少しざらざらして心地良い肌触りだ。
「昼間な」とガウ。
「うん?」
「お前はずっと――ここにいたいと言ったな」
月に雲がかかり、ガウの表情が見えなくなる。
「うん。僕は、ずっとガウと一緒にいたい」
ウードは、自分でも驚くほど自然に言葉を発した。
「――どうしてじゃ」
言い淀むウード。君が好きだから、とはどうしても言えない。その感情が、ドラゴンのそれと同じとは限らないから。
「君が――心配だから。君はいつも、一人だから」
どうにかそれだけ口にするウード。
「そ、そうか」
きゅっ、と握る手に力を込めるガウ。
後は、二人とも言葉が出てこなかった。
だけどいつまでもそうしている訳にも行かず、ウードは家に戻ろうと歩き出し、ガウの手を引いた。
「あっ」
急に引っ張られたガウが、バランスを崩してウードに寄りかかる。彼女を倒すまいとして、抱き止めるウード。
二人はそのまま、見つめ合って。
じわりと吹いた風が、僅かに木々を揺らす。




