死矢
その日の夜。
サクヤの気配は全くなかったが、念のため全員でセラーの空間内で眠ることにした。
レナディナ、ラベント、トマリは運び込まれたウードの姿に絶句する。
セラーは空間魔法を使って一部の区画を壁で仕切り、広い個室のように改装した。
「何じゃと、そんな距離から矢を? そんな矢はいくつもないぞ」
個室のベッドに寝かされたウードの側で、一同は今後について話し合うことになった。
本当はどこか別の場所ですべきなのだろうが、ガウがウードの近くを離れたがらなかった。彼女は今も、ベッドサイドの椅子に腰を下ろしウードの顔を食い入るように見つめている。
「その矢じゃな」
ドワーフ族長、レナディナがガウとは反対側に立ちウードの胸の矢に見入る。見事なゼルスタン共通語だ。
「魔法矢ですな、レナ様」とラベント。
「何の種類か分かるか? 族長」
サンタクララには分かっていた――と言うより、リンクスやユーザーン、ケアにも、それが魔法矢だということだけは分かっていた。
ただし魔法矢には種類があり、どんな矢が射られたのか分からなければ対処が出来ない。
レナディナは顎に手を遣り、ふとガウを見た。
「辛いか、娘よ」
「おい――?」戸惑う声、サンタクララ。
「あ、当たり前でしょ? 何で、そんなこと訊くの」
ガウはレナディナと目も合わせず、まるで呪いの言葉のように低く唸った。
「うむ。街が無くなった時にな、儂らも思ったよ」
レナディナはガウから視線を外し、ウードに転じる。
「――何も終わってはおらんぞ、娘よ。まだ誰も、喪ってはおらんのだ。まだ、前に進める。例えどんなに苦難な道でもな」
その場の誰も、返事をしない。
――これで喪ってないと、言えるのか?
マルドゥムには、ベッド上の少年が既にこの世のものではないようにさえ感じられている。
「黒い魔法矢は、儂の知る限り一種じゃ」
「それは?」
レナディナは顔を上げ、全員を見渡す。
「死矢、と言う」
「ちょっと待って、苦難な道ってどういう――?」
ガウがレナディナを見ると、柔らかく微笑んでいるはずのドワーフ族長は、いつの間にか目の奥に厳しい色を湛えていた。
「放たれたならどこまでも飛び、相手の生命を必ず奪う恐ろしい矢じゃ。作製はエルフが得意じゃが、一生の内に作れる死矢は一本と聞いておる」
――では、あのエルフの弓術がとくべつ優れているわけではないんだな。
サンタクララは少し安堵する。この攻撃も一度きりなのだ。
逆に言えば、サクヤと言うエルフにはそこまでしてもウードを殺したかった理由があることになるが、サンタクララは見当も付かなかった。
「どうやって解除するのですか? 矢さえ抜ければ、回復させられるかもしれない」
リンクスは期待のこもった目だ。
「アルジェリオンに行けば解除する方法は分かるじゃろう」
「アルジェリオン?」
サンタクララが眉をひそめた。
「エルフの支配地じゃな」
「待ってレナ様。エルフの街はゼシオソートでしょ?」
それが常識だ、と言う顔のレンカ。
「それはその通りじゃ。儂が言っておるのは――」
そこでレナディナはサンタクララを見た。
「海を渡った先、西の大陸にある――灰エルフの街じゃよ」
――何?
珍しく動揺、サンタクララ。
「そう言えばお前さん、出身はどこじゃったかの」
「西の大陸だ。俺はもともとそっちの出身だ」
族長、首を捻る。
「おかしいのう――あの大陸はもう何百年も灰エルフが支配する、禁踏地の筈じゃ」
レナディナはサンタクララの目をじっと見る。何もかもを見通すような突き刺す視線が美貌の盗賊をたじろがせる。
「何者じゃ、お前さん」
「俺は――」
ちらりとレンカを見た。どこか不安そうにこちらを見るその瞳に愛しさを覚え、サンタクララはもし自分に娘がいたらちょうどこんな気持ちなのかもしれないな、と思った。
「嘗て、西の大陸にはメルテンスと言う国があったんだが、俺は――そこの地方領、レマイク領出身だ」
レナディナが目を剥く。
「ば、馬鹿を言うなっ。レマイクの事ならば儂も聞いたことはある。魔法具に精通した領主が治めていたという記録が残っておるでな。じゃが、それはもう――」
千年以上前じゃぞ、とレナディナ。
サンタクララは口元にほんの少しだけ笑みを含ませる。自虐的で儚く、美しい笑みだった。
「サンタクララ――?」
「そう。何千年も前に滅んだ。たった一人の吸血鬼の襲撃を受け、領主が殺されてな」
「吸血鬼じゃと」
「俺はそいつを倒した。だが奴は、死んだ時に吸血鬼だからなのか灰になった。
で、俺はその灰をうっかり吸い込んでしまって、ちょっと体質が変わった」
「ああ、そんな……」
口元を手で覆うレンカ。
他の者も、食い入るような顔でサンタクララを見ていた。
「この際だから言っておく。俺は不死身だ」
「何と」ナヨリが声を上げる。
「と言うよりも、死ねないと言った方が正しいな」
「いくつなのじゃ、お主」
「ああ、もう、とっくに数えていないが――」
仰ぎ見る。遠い目、過去と現在が入り交じるような瞳に、レンカは切なくなる。
やがてサンタクララは口を開く。
「確か、二千歳は超えている」




