カザイアにて
同じ頃。
オーガの街、カザイア。
真っ赤なローブに身を包んだサルクは街の酒場で、居並ぶ諸侯達と会合を開いていた。
酒場はサルクによって貸し切られており、客はおろか店員もいない。
この辺り一帯を治めているオーガ族はカザイアを中心として周辺にも町を作っており、それぞれの町は中央から派遣された有力者たちが行政を担当している。
今、その有力者たちがこの酒場に呼び集められていた。
「みんな済まない。こんな時間に集まってもらって」
サルクは頭を下げる。
城に集まったり、昼間行動したりすると目立ってしまい、ゼルスタンの王、マルフォント・マナの耳に入らないとも限らない。
「いえ、皆、この日を待っていました」
諸侯の一人が神妙な面もちで顎を引いた。
サルクは口角を上げると、手元の酒を一口あおる。
他の諸侯達も酒を飲み、出された料理を口に運んでいく。
「――みんな、集まってもらったのは他でもない」
サルクの口から、会合の趣旨が語られていく。
カザイアはゼルスタン王国の最南端にあって、王都から最も遠く離れた都市だ。この地方は一年を通して平均気温が高く、夏などは非常に暑くなるため住める種族が限られている。
オーガにとってもこの暑さは時に過酷だが、彼らはこの地を動かない。
それは、人間の都市から遠いということは監視の目が届きにくいということだからだ。
オーガはこの地で表面上は人間に従い、日々を暮らしていた。
ゼルスタン王国にオーガ族が加わったのは百年ほど前だ。その時の族長が非常に情に脆い人で、ゼルスタン王国への加盟を促す人間が何度も説得に来るうちその情熱にほだされてしまったのだ。
当時、ほぼ独断で加盟を決めてしまった族長には凄まじい非難が集まった。
ただ、オーガとしても大国の庇護化に入ることでそれなりのメリットもあった。国境を接する他国に対しての牽制になり、実際、この百年あまりは大きな戦乱も起きずに済んでいる。
とは言え、当時から人間への反発はオーガ族に根強く、それは未だに燻っている。
「俺は先日、王都で会合に参加してきた」
一年に一度か二度、王都で開かれている会合――それはゼルスタン王国に加盟している全ての種族が一堂に会して現状について語り、問題を共有し、解決できる課題があれば全員で取り組むという趣旨のものだ。
「その中で王国の新しい方針が語られた。それによれば、各種族の代表、もしくはその家族を常に王都に住まわせるべしと言うことだった。何年かに一度交代しても良いが、常時だれかが王都に住んでいなくてはならなくなるそうだ」
「そ、それではまるで……?」
「ははは。そうだ――人質だよ」
一斉に諸侯達が色めき立つ。サルクは冷静にそれを眺めた。
ゼルスタン王国は建国以来、強大な武力と卓越した交渉力で版図を広げてきた。
そこには代々の王家、マナ家に伝わる加護の力が大きく関わっている、と言うのがサルクの見立てだ。
恐らく統率力や指揮力と言った類の加護だ。
その加護は連綿とマナ家が所有していると考えられる。
先代の王が亡くなった後、途端に王子が急速に王としての器に成長していくのがその証拠だ。
一つの加護は一人にしか与えられない――先代の王が死ぬことで、次の王に加護が受け渡されるのだ。
なぜそれほどまでに同じ加護がマナ家の人間にだけ現れ続けるのか。ほんらい神によってランダムに所有者が決まるはずなのに――神の悪戯か、気まぐれか。
とにかくそうやってマナ家が神に愛されている限り、王国は永遠なのだろうとサルクも思っていた。
――だが。
現王、マルフォントには。
その加護がない、とサルクは確信している。
彼は善政で知られる王だが、先王までが見せていた気迫や無条件で人を屈服させるようなカリスマ性が見られない。
多分、マルフォント王自身もそのことに気付いている。
だからこその人質政策なのだ。王都に各種族の関係者を常に住まわせ、いざという時の人質とする。
加えて、王都までの移動費や王都滞在中の経費は各種族持ちとのことなので、定期的に支出を強いることもできる、一石二鳥の政策だ。
「これまでにもマルフォントには色々と無理を言われてきたが、国のためならと我慢してきた。平和のため、我らオーガの安寧のため、金で済むことならと何とかやりくりしてきたがね」
「ですが、人質を寄越せとは」
「そうだ! それではまるで我々オーガを下に見ているようではないか。我らと人間は対等ではないとでも言うのか!」
諸侯の一人がテーブルに拳を叩きつける。
人間よりも、家族や一族のつながりを大事にする種族は多い。そのため、これまで人質政策は行われてこなかったのだ。
「サルク、他の種族の反応はどうだったのですか」
「エルフ以外は全種族反対だったよ」
「おお、それでは」
「それでもやるそうだ。逆らう種族は反逆の意思ありとして武力行使も厭わない、とのことだ」
諸侯達が一斉に沈黙する。
最近はその出番もないが、ゼルスタン兵の強さは全種族の知るところだ。それでもなお王国に反逆すると言うことは、種族の滅亡を意味する。
だからこんな脅しのような真似も出来るのだ。
「我々も従うの――ですか」
誰かがサルクに聞いたその声は、ひどく滲んで聞き取りづらかった。
サルクは答えない。それほど、彼の中ではとっくに答えの出ている問題だった。
諸侯達も口を開かない。もう彼らの心も――決まっているからだ。




