思い出は輝いて
ウードの作った肉料理、サラダとパンで昼食を済ませると、二人は少し話をした。
「――金色の思い出?」
話の内容はいつしか、ガウの母親のことになっていた。
「そうじゃ――それが母上とのことで私がいちばん印象に残っている言葉じゃ」
ガウは食後のお茶を一口飲む。
「それって、どんなものなの?」
「お、知りたいか? じゃあ教えてやろう。いいか? 私にとって、母上との金色の思い出とは――」
それは、ガウがまだ満足に空を飛べなかった頃の話。
ドラゴンの姿で、来る日も来る日も母親から付きっきりで飛び方を学んだ。
翼の使い方、空中でのバランスの取り方、加速、減速、上昇、下降、着地。
何度も失敗しながら繰り返し、少しずつ、少しずつ飛距離をのばしていった。そうやって生きるために必要な技術や知識を伝承していく、他の大部分の種族と同じように。
「大丈夫よ。ガウ、あなたなら出来るわ」
くじけそうになると、母親はいつもそう言ってガウを励ました。
長い時間が経ち、遂にガウは飛べるようになった。
それから、飛んでいる時の身体に触れる気流の速さに驚いたり、雲の上の景色を見て感動したりしながら、母親とともにたくさんの空を飛んだ。
ある日、夕暮れ時に雲の上まで二人で飛んだ日のこと。
「ああ。ガウ、とても綺麗よ――」
春の甘い風を受けながら見つめた柔らかな空。
一日の終わりを感じさせながら、明日への希望も含んでいるような空だった。
二人は少し加速した。
「ええ母様、素敵ね。こんなにも――鮮やかで」
ガウは今や自在に舞えるようになった翼で、母親に難なくついて行く。それを満足そうに見つめながら母親は一つ頷いた。
「そうね。胸に迫るわ」
そこで何かを思い出したのか、母親は呟くように続けた。
「ひょっとしたら、これが――金色の思い出なのかも」
「金色の……?」
隣を飛ぶ母親はどこか軽やかに、鈴が鳴るような声だった。
「ええ、あなたにもいずれ分かるわ。辛い時、悲しい時、自分を支えてくれるのは、きっとこんな――素敵な思い出なのよ」
ガウはそんなものかと思って、母親の横顔を見ていた。
「ガウ、覚えておいてね。この、空を……」
眼を細める母親の顔。ガウは正面に向き直り、暮れなずむ光で自分の視界を満たした。
「思えば、今の私を支えておるのはその思い出なのじゃ」
――金色の思い出。
それは、後の人生に何があっても生きていける、少なくともそう思えるような、人の根幹を支えるもの――そういうものだろうか?
――僕には何か、あるかな。
母親との思い出が自分を支えていると言うガウ。
ウードには母親の記憶は殆どないし、父親とは何があっただろう。
そう考えて思いを巡らせてみるが、ガウほど印象的な思い出は出て来なかった。
「いいね。お母さん、好きだったんだね」
「そうじゃな」
にかっと笑うガウ。
気が付くと、ウードの前で自然に笑えるようになっていたガウだった。
夜。
ガウはいつものベッド。ウードはリビングの床にシーツを敷いて眠ることになった。夏の夜はそれでも十分だ。
ただ今晩は少し冷えるようで、ウードはなかなか眠れなかった。
がたがたと窓が揺れた。
ウードは森の音に耳を澄ませる。
風の流れる音、枝葉がその風で揺れる音、何だかよく分からない獣の鳴き声――それらの雰囲気がウードの聴覚を満たす。
考えてみれば、ガウと出会ったのは去年だが、こんなに長く一緒にいたのは初めてだと気付く。
昼間、笑いかけてくれたガウを思い出して心がじんわり暖まっていくウード。
――金色の思い出か……。
それが、どれほど人を支えてくれるのだろう。
――僕も、何か一つでも良いから。
そんな思い出を、手に入れられたら。
向こうの部屋、寝息もたてずに眠るガウをウードは見つめる。ガウと同じ空間を共有しているかと思うと、それだけで胸が少し苦しくなる?
――明日、何をしよう。
この時がずっと続けばいいのに。
漠然と願う。




