クライマーズ・クラウドナイン
「そもそも、何であの子がさらわれるんだよ」
「分からないんです。ただ、精霊によれば、レンカの潜在能力は相当高いらしいですけど」
家を出て、三人はレンカが幽閉された塔へ向かっている。街の中では時間が分かりづらいが、まだ夜ではないようだ。
と言うより、むしろ。
――少し、明るくなっている?
気の所為かも知れないが、ウードには外の光がたくさん射し込んでいる気がした。
「まあここはそもそも医者の街だからな。魔力容量の高さには無限の利用価値があるんだろう」
「――そろそろよ」
ガウが黒刀から鞘を払った。
「おいおい。姐さん、物騒だな」
サンタクララが彼女の武器の威容に驚く。
「全員、叩きのめしてやるんだから」
あと一つ曲がれば例の塔の正面に出ると言うところだった。
「まあ待て待て」
サンタクララは両肩を掴んでガウを押しとどめる。
「何? ここまで来たら正面から行ってあいつら全員――」
「だから待てって」
ガウの眼を覗き込む。そのサンタクララの、何とも言えずわくわくした表情が子供のようで、ウードは思わず見つめてしまう。
「どうだい。ここは一つ俺に任せてみる、ってのは」
夜になったようだ。
やはり、気の所為ではなく、外光の射し込む量が増えている。すっかり薄暗くなってしまった一角で、ウードとガウは身を潜めていた。
サンタクララは暗くなったのを見計らって、先程塔に向かったようだ。
任せたことを後悔しているのか、ガウはサンタクララが居なくなってから苛々した表情を隠そうともしない。
「あいつ、うまくやれるのかしら……」
ウードは少し離れた場所にそびえ立つ塔を見上げた。
レンカを飲み込んだまま返そうとしない塔は、不気味に佇んでいる。
西方ではちょっとした有名人だったが、こんなところにまでは盗賊サンタクララ・エリア・レマイクの名前は轟いてはいない。都合がいい反面、少し寂しくもある。
塔の裏側に見張りはおらず、閑散としていた。
無理もない。裏側には開口部は一つもなく、ひたすら壁が上空まで続いているだけだからだ。こちら側からどうしようとも内部に侵入することは不可能――に、見える。
――さてと。
サンタクララはバックパックから黄色と緑、斑模様の手袋を取り出して両手にはめた。
奇妙な手袋だった。指が六本ある。サンタクララは外側――小指側――の指を余らせ、内側の五本に自分の指をはめる。
これは揚々たる登攀者と呼ばれる魔法具だ。
ひた。
サンタクララ、頭の上辺りで塔の壁面に右手を押し当てる。
ひた。
更に身体の近くで左掌。
と。
右腕の筋肉を瞬間的に怒張させ、サンタクララは壁面を塔を倒さんばかりの力で押さえつける。
押さえつけたことによって手袋は弱い光を放ち始め、壁面と掌の間を真空にして、圧倒的な保持力を生み出していく。
よく見ると余らせた六本目の指は、まるで中身が入っているかのように自然に動いている――この指は装着者が自在に操ることができ、クライミング中、より精密な姿勢制御を可能にするためのものだ。
――毎度この感覚が気持ち悪いんだよなぁ。
真空になった右腕の位置まで身体を引き付ける。
次は左腕、同じように真空状態にして、身体を引っ張り上げる。
身体を強く蹴る為に、足も壁面につける。
――さあ行こう。
ゆっくりと一連の動作を繰り返し、サンタクララは塔の壁面を上がって行く。
『揚々たる登攀者』は取り込んだ魔力で壁面に吸い付き、どんな切り立った壁でも踏破する――そんなアイテムだった。




