もとめるもの
普通とは何か?
私は問い続けている。
みなが口にする、普通。
私が成人式を終えたのは去年、
まだ答えは出ていない。
この問いに、生産性の無いことは分かっている。
たとえば、だ。
食事しても消費しないでのあれば、それは無駄だ。
時間と食物の浪費でしかない。
お金持ちの道楽と言っても良い。
だから、普通についての思考は、無駄である。
普通という定義は存在しないし、答えがないからだ。
個人差がある普通など、個々人の思い込みでしか無い。
試しに、普通は、なんて口にした人間の基準を聞いてみると良い。
口から出るのは以下の文言だ。
一般的な、みんな、大衆。
大衆は世間だ。
世間とはつまり、個人のことを指し、
それは話し手。
ご本人のご意見と感想であり。
つまりは自称みんなの代表者、
自惚れも大概にして欲しい。
ところで、
人間を構成する要素。
私たちヒトは、どれだけ同じだろうか。
肉体の成分は一緒だ。
骨格に関しては、
国を跨げば少々規格が違う程度。
逆に言えばほぼ同類だ。
つまり個々人が持つ権利は平等で。
努力次第で均衡に波紋を産むことができる。
何処に差異があるのか。
それは考え方だ。
人間は経験したことから学ぶ。
学びから行動を立て予測する。
予測とは人の世を生きるための術だ。
ということは周囲の生きる環境、
これが人間の一生を決定づけてしまう。
術を持たぬヒトは使い潰され、
踏み台にされる。
友人、家族、先生、恩師。
そして恋人。
一方通行な人生は前に進むしか無い。
人生は後戻りができない。
口にすれば撤回できず、
記録した地点から、はじめられない。
そもそも終了は人生における死を意味する。
果たして、術を持たぬヒトにいき抜けるだろうか。
にもかかわらず、人格を形成し性格を決める時期を、
運と出会いと不確実な要素に頼って過ごさねばならない。
人生において、
多少方向を曲げることはできたとしても、
望んだ通りに物事を進めるのは至難の技だ。
行動次第で未来が決定するとしても。
さて。
冒頭の、普通について考え始めたのは物心がついた頃だ。
私の小学生時代は悲惨であった。
まず、クラスメイトは30名弱で。
私たちはその中で競争をしなくてはならない。
テスト成績のことである。
私たちの格付けが、月に一度行われ張り出される。
そいつは黒板の右隣にいつも鎮座している。
休み時間になれば成績についての話題が。
科目と数字を行き来した話ばかりだ。
将来は名のある大学に入って、
また名のある会社に入りたいらしい。
全て親の願い事ではあるのだが。
しかし子は親に認めてもらうため努力をする。
だから切磋琢磨をしながら、
狭い箱の中で過ごした。
狭い箱の中では黒板横のそいつに従って、
スクールカーストが出来る。
頭の悪い奴に人権はない。
雑務を押し付けられ弄られハブられて陰口を言われる。
下位は上位のストレスを発散するために存在しているのだ。
誰が決めたわけでもないが、
ヒトの子どもの小さな社会はイジメに行き着くのだ。
重圧に対してのクッションは必要だ。
だから甘んじて受ける。
そこに居続けるにはそうするしかないのだ。
これが、普通だった。
学校の中では成績優秀者は表彰されもてはやされた。
誉れを、名声を。
先生たちは一目おいて、
下位をイジメても黙認された。
それが当たり前で、
頭が悪いのがいけなかったと思った。
雑巾を投げつけられ、
汚水を全身から浴びせられて。
上履きを落書きされ、
鞄の中を悪戯されて。
実行した側は呟く。
普通だよ。
お前がいけないんだ。
みんなやってる。
個室に押し込められ、
衣類を剥ぎ取られ。
女子トイレで吐き捨てられる、
男子たちの言葉と、
女子たちの嘲笑。
ヒトの子は獣だ。
理性を持たぬ餓鬼。
普通とは何か。
黒板横のあいつが憎い。
どうして私がこんな目に遭わねばならないんだ。
しかしまあ人間とは悲しい生き物で。
変わろうとしない自分は、
卒業しても、相変わらずだった。
大学に入り、
部活動に参加した。
写真部とか言った様な気がする。
部員は男が多くて、
カメラにこだわりもあったらしい。
女子部員が少ないのは気になったが、
体験入学の雰囲気がよかったし、
親切にしてもらったから、
入部を決めた。
それから飲み会を経て、
数度顔をだしてから気付いた。
どうも写真部と言っても、
動画撮影をして売る、裏の写真部だったらしい。
私の人生とはなんなんだろう。
撮影が行われる度に言われる普通。
みんなやってる。
知らないの?
それらに首を傾げることしかできない私は。
最低だ。
そういえば、
もうひとつ最悪なことがある。
実の父親に、知られてしまったことである。
異質であるのが常である私。
いつものように、謝礼を受け取って帰宅した。
寮のドアをあけて、
冷蔵庫から麦茶を注ぐ。
暗闇を照らす眩い光が漏れる箱。
外気と温度差のある冷気に身震いしてしまう。
光を返す肌。
白くて幸薄そうな二の腕は、
どうしようもなく男を引き付けてしまう。
こんなものの何が良いんだろうか。
軽い思考に着信音が割り込んでくる。
父だった。
怒声とも呼べる語気が荒々しい声音に、
辟易してしまう。
私のことなんて頭の片隅に追いやっていたくせに。
親とはどうしてこうも身勝手なのだろう。
ため息ひとつで、
火に油を注いでしまう。
またため息が出てしまう。
一方的に命令を告げられ、
帰省すること、退部をすること、
そしてこれから実家で暮らすこと。
一刻も早く戻ってこい、とのことだった。
ふしだらな娘だ、世間に顔向けできない。
普通の娘はこんなことをしない。
罵声が私の脳裏を焦がしていく。
私の肌と対照的に、思考は黒く染まっていく。
ああ、これが普通。
普通、らしい。
そうなのか。
私の苦痛も知らないで。
案外それが普通なのかもしれない。
であるなら、こうしたことや、
過去に私が負った傷、
これに対しての世間の行動という普通は。
正しくはこれが普通ではないだろうか。
普通に常備してた縄。
普通にもう死んだ同じ部員だった、女の子から貰った、医療用の睡眠薬の錠剤。
普通にあるクローゼット。
普通に生きた二十数年の月日に、
幕を下ろすのが私自身であることも。
普通なのだろう。
普通に縄を結んで、
普通に睡眠薬を適当に噛み砕いて、
普通にコップの液体を飲み干して、
普通に、吊った。
まあこれが普通なのだ。
絶命すれば恥もなにもない。
親が望むなら、子は努力するのだ。
半開きになったクローゼットからあの黒板横のアイツ。
アイツが見える。
ああ憎いなあ。