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対峙

 早朝六時からの勤務も十八年間続けていれば苦では無くなる。

 まだまだ寝静まっている人も多い時間だが、今日も俺は門の前に立って見張りをしている。

 本当はもう一人相方がいるはずなのだが、時間を過ぎても姿を現さない。

 昨日の仕事帰りにとっぷりと夜更けまで遊んでいたのだろう...と、噂をすれば...


「ちーッス、エミール先輩。」


「マイケル。5分遅刻だぞ。」


 マイケルは俺の後輩で、パレッタの門番を始めて半年になるか。

 態度に緩いところはあれど、最初は真面目に勤務していたんだが...

 近年はパレッタも平和になり、毎日繰り返しの業務で気の緩みが出てきてるな。


「まぁ、まぁ良いじゃないスか。こうして朝番に来れてるんスから。」


「平和な町の門番と言えども、務めはしっかりと果たさなければならん。」


「ハハッ。まぁそっスね。すいやせん。でもこんな朝っぱらから何か起こるわけないじゃないスか。」


「馬鹿野郎。大体厄介事っていうのは朝早くとか、深夜とか、とにかく空気を読まない時間に起こるんだよ。」


 そう、マイケルはまだ知らない。

 町の門を閉じている早朝や深夜の不審者は、基本的に対応を上役と相談出来ないので突き返すしかない。

 そうしてゴネて泣き叫んだ女子供や脅してきた冒険者が今まで何人いた事か。


「あれっ、何か、誰かがこっちに向かって走ってきてやせん?」


 マイケルは街道の先を指さして俺に話しかけてきた。

 コイツ、ホント目は良いんだよな。


 視線をマイケルの指さす方へ向けると、北東の森近くの街道から何やらもの凄い勢いでこちらへと向かって走る人影が映った。


「ずいぶん派手な格好してやスけど、ありゃたぶん、そーとーなカワイ子ちゃんスね。きっと色黒美人っスよ!いやぁラッキーだ!今日が朝番で良かったっスよ!ねぇ!先輩!」


 確かに近づいてくる人物は女性だった。

 浅黒い肌はこの近辺ではあまり見かけない、珍しい色だ。

 遠目からでも分かるほと背が高く、少々がっしりとしているがとても良いスタイルをしている。

 そして、その身には胸元と腰周り、それから足首にヒラヒラとした布を巻き付けてるだけ。素足で砂利道を走って、痛くないのだろうか。

 一見すると旅芸人の踊り子に見えなくもないが、腰には短剣を差している。


 あぁ、これは久々の厄介事だな...


「あぁ、そうだな。今のうちに気合いを入れておけよ。マイケル。」


 俺はマイケルに呟いた。



 ----------




「ハァッ、ハァッ、着いた...ここがモンテ様の住む町...」


 石垣で囲われた、とても大きな町。

 入口は木の門で閉ざされており、門の前には鎧を着た門番が二人立っていた。

 一人は笑顔で、もう一人は警戒した様子でこっちを見ている。


 ふむぅ、この対象的な態度も、何かを試されているのか...

 いや、何でも試練と考えるのはよそう。ここは素直に聞いてみるか...


 私は門番へと話しかけた。


「あのっ!モンテ様はここにおられるのですか?」


「えっ、モンテ、様?ちょっと知らねぇっスけど。それよりお姉ぇさんは何処から来たんスか?」


「おい、マイケル。もっと慎重に。」


「いやぁ、エミール先輩。まず身元を尋ねるのは基本じゃないっスか。」


「いやまぁ、そうだが...」


 ...ん?この軽薄そうな男。今モンテ様を知らないと言った?

 いや、そんなはずは無い。ここが天界であって、他に人里が見当たらない以上、モンテ様はここに住まわれているに違いない。


「それで、お姉ぇさんはどこからいらしたんで?」


 ...生贄としてこの地に来たんだからネクト村からに決まってるじゃないか。何を言っているんだ?この男は。

 ...いや、これも神の試練なのか?

 この門番との問答は何か、私の本質を見抜く巧妙な問い掛けなのかもしれない。

 で、あればここは正直に答えた方がいいだろう。


 えっ?さっき何でも神の試練と考えるのは良くないって言ってた?

 ...ハハッ、それは気の所為だろう。神は万事が万事、私を試しておられるのだ。


「えぇと、私はネクト村より、モンテ様への生贄として参りました。」


「......あぁ......そう......」


 うん?何でだ?何で微妙な反応なんだ?そこは歓迎したり、労ったりする所じゃないのかな?


「......ええっとぉ、ところで、お姉ぇさんはパレッタに入りたいんスよね。そしたら、何かしらの証明書は持ってやす?」


「おお!この町はパレッタというのか。何て神聖な響きなんだ!パレッタぁ...あっ!証明書でしたっけ?えと、紙とかは無いんですけど、私がモンテ様の生贄である事は充分にパレッタへ入る証明になるかと...」


「...あぁ...だからモンテ様って何者...とにかく、町へ入るには国の機関が発行してる通行証か、それぞれのギルドカードとかが無いと町には入れられないんスよねぇ...と、おっ、お姉ぇさん?」


 私は軽薄な門番の言葉を受けて俯いてしまう。


 ここまで来て、町に入れない?

 モンテ様に会えない?

 それは無い。

 そんなはずは無い。


「マイケル。対応としては悪くなかったが、どうやら失敗したみたいだな。今からでもいいから気合い入れとけ。」


「ええっ!エミール先輩、気合いってどういう事っスか。」


 ...そうかこれもモンテ様の試練。

 どんな障害があろうと神の御許へと駆けつけられるか。

 切り拓く力があるのかを、試されている訳ですね。

 さすがは己一人で闇を討ち滅ぼした御方だ。


「...そうか、私とモンテ様の邪魔をするのか...で、あれば挽き肉になっても文句は言えないよねぇ...あぁ、挽き肉になったら文句も言えないかぁ。」


 私は早くモンテ様に会いたいのに邪魔をするとか許せない。

 というか、モンテ様を知らないなんて今までどうやって生きてきたのか。

 いや、そんな奴、生きる価値のない生ゴミなのだから、今すぐグチャグチャにして棄ててしまえば良いのか

 あぁ、それでも肉片が残るのか、まだまだ生温いな。

 引き裂いた肉片を燃やし尽くして、残った燃えカスを踏み散らして、初めて存在を抹消出来るだろうか...


 私は腰の短剣に手をかけ、込められるだけの殺気を放って門番を睨みつけた。


「っ!ヒッ!ヒィィィッ!」


 軽薄な門番は尻もちを着いて仔羊のようにブルブルと震えている。


 あらぁ、男なのに、女に睨まれて泣いちゃったぁ。

 ハハッ、怖くないよ。

 私は優しい死神だよ。


「待ってくれ。」


「何?」


 ここで、ずっと黙っていた門番が口を開いた。


 開けるうちに開いておきたかったのかな?

 でも、声も体もガタガタと震えてるよ。

 心が恐怖で一杯なんだろうね。

 安心して。

 私がすぐにその恐怖を臓物と一緒に抉り出して...


「...す、すぐに上の者と相談する。お、おい、マイケル、マイケル!」


「うわぁ!ハッ、ハイィ!」


「すぐにマークを呼んでこい!冒険者ギルドのだ!」


「あっ、でっ、でもっ、グスッ!もし、もしっ、寝てたら...」


「蹴り飛ばしてでも起こしてこい!大丈夫だ!あいつはこの時間ならもう冒険者ギルドにいるはずだ!ボサッとするな!さっさとしろ!」


「ハッ!ハイィヒヒーー。」


 軽薄な門番は弾かれたように立ち上がり、脱兎の如くその場から走り去っていった。


 あいつ、なかなか脚が速い。


「本当に上のヤツは来るの?」


「あぁ、かっ、必ず来る...」


 そうだといいけれど...

 アハッ!この男。

 命を繋ぐのが上手いね。

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