儀式
「やはり緊張するかの?シャキラよ。」
村長は心配そうに私へと声をかける。
「いえ、モンテ様への供物になれるのはとても誇らしく、とても嬉しいです。」
「そうか。いや、旅の道中、何やら独り言を呟いている事が多くてのぉ。」
「おっふぁ!そっ!そうでしたかぁ!?」
えっ!あれっ!全部漏れてた。
いけない!心の中で留めていたはずなんだけど...
いやっ、というかモンテ様とのイチャイチャな妄想を聞かれている?
聞かれているのか?これは...
あぁ、何か冷や汗が出てきた。
「して、どんな事を考えていたのかのぉ。」
村長は優しく、でも言葉に力を込めて問いかけてきた。
おうふっ!中身は聞かれて無かった!セーフ!
というか、村長。そんなに深く掘り下げる事も無いと思うんだけど。
...えと、何と言うべきかなぁ...
答えに詰まり、落ち着きの無い私を見かねて、村長は優しい口調で語りかけた。
「いや、お主はこれから生贄として天界へと旅立つ。それは、二度とこの地に、お主が慣れ親しんだ環境へと戻れぬ事を意味する。だからのぅ。何か今まで胸の中にしまい込んでいた事や、村の皆へ言い忘れたこと、そう、何か後悔するような事があるのかと心配になったのじゃ。」
「...村長...」
村長はとても優しい人だ。
面倒見が良く、いつも皆が幸せに暮らせるよう努力していた。
皆と一緒に田畑を耕し、傷ついた者や病人などが出れば、その人の親みたいに心配していた。
今も、私の事を深く気遣ってくれている。
村長。
私、旅の間、ずっとモンテ様とイチャイチャする事しか考えていませんでしたとか、言える訳ないじゃないですか。
「えっと、モンテ様が私を召し上げる時、頭が先が、足が先かと考えていました。どちらにしても、モンテ様はとても美味しそうに私を召し上げると思います...」
私は背の低い村長を見下ろしながら目と目を合わせて、真剣に答えた。
うん、嘘は無い。嘘は。
「そうか、そうか。まぁ、お主は皆と比べても特に信仰心が篤いからのぅ。きっとモンテ様もお喜びになられる事だろう。」
村長は一人の護衛の所へ行って皮袋を受け取ると、その袋を私に差し出す。
「これが生贄の着る衣装じゃ。今、護衛達が幌を拡げるからの。そこで着替えてきてくれぃ。」
村長の指さす先には護衛達が木と木の間に大きな布を括りつけて間仕切りを作っていた。
私は村長に頷くと、受け取った皮袋を持って間仕切りの奥へと向かった。
周囲に誰もいないことを確認して、皮袋の中身を取り出す。
出てきたのは白くて露出度の高い、ヒラヒラとした衣装と鞘に収まっている短剣だった。
確か、昔、交易で来てた旅芸人の踊り子さんが、こんな衣装を着ていたような。
踊り子さんたちはとても可愛かったな。
私はその辺りの男よりも大柄だから、こんな可愛い服が似合うのかな。
いや、私はこれからモンテ様の許へ行くんだから、綺麗に着飾らないと。
私は衣装に袖を通した。
着替えが終わり幌の中から出ると、皆の視線が私に集まった。
そうジロジロと見られると...恥づかしいな。
「えっと、似合ってますか?」
「おお...何と凛々しい...」
「か...かっこいい...」
「ああ、とても勇ましい...」
護衛や巫女様、村長は口々に呟く。
...どうやら、評判は上々のようだ。良かった。
その後、巫女様も幌の奥で衣装へと着替え、簡易な祭壇を設置した。
いよいよ、生贄の儀式が整ったのだ。
「シャキラよ。これより生贄の儀式を行う。お主は祭壇の中央に座り、山頂へ向けてひたすらにモンテ様へ祈りを捧げるのじゃ。良いか?」
「わかりました。村長。」
大きく口を開ける洞窟の入口。その両脇には篝火が焚かれている。
篝火と篝火のちょうど中程には、綺麗な花の刺繍を施された白い布が敷かれており、その両脇には色とりどりの花が供えられている。
私は白い布の上で跪き、額を地面に擦り付ける。
そして、モンテ様に祈りを捧げた。
ネクト村が飢えること無く幸せに暮らせるよう、どうか村をお守りください。
村の皆はモンテ様を敬愛しております。その証として、これから私がモンテ様の御許へと参ります。
どうか、この私を神の血肉としてお役立て下さい。
これでも肉付きにはかなり自信がございます。
というか早くお会いしたいです。
今すぐそちらへ行きたいです。
今すぐそのお口で!
エヘッ!エヘッ!
「卑小なるネクト村の民に偉大なるモンテ様の御加護があらんことを...では、シャキラよ。天界へと旅立つが良い。」
早くモンテ様の美しいお姿を拝見しとう御座います!
私はその美しいお姿の一部になれる!
何と素晴らしことでしょう!無上の喜びです!
食べ応えでしたら安心してください!
これでも肉付きにはかなり自信が
「シャキラよ!」
「ハイッ!」
あれっ!儀式はっ!...もう、終わってる。
そうか。この私の純真無垢な祈りは巫女様の美しい舞や村長の厳かな祝詞すらも脇へ追いやってしまうのか。
何と恐ろしい...
「シャキラよ。…天界へと旅立つのだ。」
いよいよこの時が来た。
跪いていた足に力を入れ、ゆっくりと立ち上がる。
「行ってまいります。」
溢れんばかりの高揚感と僅かな緊張を胸に秘めながら一歩前へと踏み出す。
向かう先はマコラの洞窟の、その奥にある天界。
私、シャキラは生贄として天界へと旅立ちます。