7.外注品の回収と、役人へのパンチ。
思えば俺は、気遣いに慣れ切っていた。
集中を要する作業は弟子や関係者達が作業を邪魔しない様に俺へ気を使っていた事を思いだした。俺は鍛冶師として階級を上げる事によって権威も上昇し、周りに気を使われる人物となって居たのだった。
今ではそれも何もかもない。寂しくなった……。しかもこのウッドエルフの奇襲攻撃によって俺のお気に入りタップダイスが折れてしまった……。だが、こいつのせいにするのは簡単だ。
重要なのは今の俺だ。
いついかなる時も危険因子はすぐそばにあると思わなければならない。事故は、するのも、貰うのも同様に事故なのだ。十分注意して予防線を張って居れば回避できたはずだったのだ。
──隕石以外はな。
とか、未練タラタラでそんな事を思い、折れた芯を弄繰り回す俺。ドラゴンの革をドラゴンの革紐にする前に、俺は地元の鞣革職人の所へ向かう。実は依頼していたことがあったのだ。
例の如くこのウッドエルフも付いてくる。
「鋼抜鍛雷殿の刀剣造りに関われるとは、誠に光栄でなりませんな! ハッハッハ!」
こいつは俺をスカウトしに来たのだろう? 当初の目的を忘れてはいないか? いやいやまてよ? さては、こうやって近づいて機嫌を取ってここぞと誘い入れるわけだな? 読めたぞ。ふぅ、やれやれ……。
「鋼抜鍛雷殿。忌むべき革鞣工房に何か御用でもあるのですかな?」
「ああ」
思えばウッドエルフと革鞣しとは最悪のコラボだった。森の住人を無残にも革や革紐にしているのだからな。人間からしたら、人間の皮を鞣してジャケットや紐にしているような感覚なのだろうか……。
いやいや、彼らは人間の感覚で物を考えるとちょっとずれてしまうだろう。彼らは、食物連鎖の輪廻という概念で行動する為、たとえ仲間の骸であっても、それを有効活用しようとするワイルドな精神を密かに持ち合わせているはずなのだ。
証拠にこいつの装備しているエルフ製ミスリルの胸甲。その随所に見られる“革”は明らかに“森の住人の革”にしか見えないしな……。まったくよくわからん奴らだ……。
「おや? 忌むべき革鞣工房がなにやら不穏の様ですぞ」
「ん?」
俺はもうすぐそこの工房で、革鞣職人に突っかかる小奇麗な衣装の役人らしきを確認した。
「そのドラゴンの皮はなんだ!? 何故おまえの様な卑しい者がこんなものを鞣しているのだ!?」
「あっいや! これはその、役人さん! 最近近所に住み着いたドワーフとエルフがですね──」
「怪しい! 怪しいぞ! 怪しすぎる! さては最近領主さまの森の獲物が少ないのは、さてはお前のせいではないのか!? 密猟か!? 密猟だな! 領主さまに突き出してやるッ!」
「あ~! ちょっと! まって下さい!」
「──おい!」
ウッドエルフは職人に突っかかるそいつの肩を叩くと、振り向く役人にパンチした。
──ボカ!
「ぶへっ!」
「──頭に血が上ってる馬鹿を手っ取り早く黙らせるのはこれが一番である!」
こいつ……いきなり殴りやがった……。
「ひ、ひぃっ!? ──う、ウッドエルフ!? ひぃぃっ!」
ウッドエルフは人間世界では恐れられている。それもこれもこの世界では、ウッドエルフは超過激な環境保護主義と思われているからだ。森に猪を狩りに行ったら、逆にウッドエルフに狩られた、なんて話が誰でも知っているほどだ。
そしてここは革鞣工房だ……。
俺でも『何か関係がある、こいつはやばい案件に首を突っ込んだな』と思うだろう。そのせいか、役人は驚きふためき、テロリストにでも出くわしたかのように、腰を抜かしながらも逃げ腰で、ヒィヒィ言いながら豆鉄砲喰らったハトの様にすっ飛んで行った。
「ヒッ、ヒィィィィッ! お助すけぇぇぇぇッ!」
「……おや、行ってしまわれた」
「いきなり殴る奴があるか……」
「少々過激でしたかな?」
こいつ……余計な伏線を残しやがって……。こいつは俺にとって隕石だ……。
「いや~危なかった……! バレる所でしたよ、ハハハ!」
「「──ん?」」
「あ、いや! 何でもありませんよ? アハハ!」
100年前の旅の道中で聞いた話なのだが、人間世界の森は基本的に禁猟らしく、領主か専属の狩人でもない限り、許可なくそこに入って狩りをする事は罰せられるのだとか。しかし、目の前に肉があってお預け喰らっているわけだから、密猟は絶えないらしいと……。
──こいつ黒だな。
「と、それは置いといてですね……アハハ……鋼抜鍛雷さん! 頼まれたドラゴンのニカワ、完成してますよ!」
「おっ」
ニカワ。動物の皮、骨、腱などを煮込んで作る所謂接着剤だ。普通のニカワもあるが、それを使うとこのウッドエルフの機嫌が悪くなりそうだから、ドラゴンの素材で俺はこの職人に依頼していたのだった。
「ド、ドラゴンのニカワなんて作るの初めてですよ……まいったな~アハハ……」
「「これがドラゴンのニカワか……」」
俺もそうだし、どうやらこのウッドエルフも、お初にお目にかかるようだった……。