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キャンディはチョコレートを愛さない  作者: コーチャー
チョコレートはゴミ箱へ
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チョコレートはゴミ箱へ⑥

 ふりだしに戻った事で僕が頭を抱えていると、修善寺が僕の服の袖をくんくんと引っ張った。何事かと思って彼女の視線がしめす方を見ると数名の男子生徒が立っていた。どうやら話し込むには下駄箱の前というのは向いていないらしい。下駄箱から離れて道を譲ると「いいよなぁ。俺もバレンタインくらいは女子と帰りたい」という声が聞こえた。


「だって」


 声は修善寺にも聞こえていたらしい。僕は「普通ならそうかもね」と言った。修善寺はくるりと反対を向くと購買部の方へと歩き出した。僕はその後ろを黙ってついて行く。何度見ても彼女の後ろ姿に僕はなれることができそうにない。


「ここならゆっくり話せるんじゃない?」


 それは購買部の側に置かれた小さなベンチだった。中休みや昼休みには人でごった返すこの場所も放課後となればほとんど人はいない。購買部のなかではスタッフがヒマそうにレジ前に立っているが、こちらを気にする様子は見られなかった。


 修善寺にうながされて彼女に続いてベンチに座る。ちょうどベンチが下駄箱のほうを向いていたので教室棟の出入り口と下駄箱がよく見えた。


「走る姿を見られたくないっていう気持ちはわかったけど熊谷さんは現にここまで走ってきている。それは彼女がそうしてまでこの場所に来なきゃいけない理由があったってことだよね」


 そう言って辺りを見渡してみるがとくに変わったものはない。下駄箱には学年と出席番号を書いた小さな紙が貼られているだけで、とくに名前などは書かれていない。購買部の方も会長のおかげでラインナップが豊富になったくらいで、熊谷に役に立ちそうなものはない。


「なにもないけど」


 修善寺も同じことを考えていたらしく辺りを見渡してから隣に座る僕を見た。


「そうなるとやっぱり彼女の目的は僕のチョコレートということになってやはり話がふりだしに戻ってしまうね」

「三木くん、私思ったんだけど熊谷さんのチョコレートはどこに行ったのかな?」


 熊谷が金田たちにチョコレートを守るために僕のチョコレートを利用したのだとすれば、彼女の手元にはチョコレートがひとつ残っていなければならない。だが、さきほど僕たちとすれ違った熊谷の手には何も握られておらず、廊下を駆け抜けたときに大事そうに抱えていた紙袋も消えていた。


「僕のチョコレートと交換するためにここまで来たのかな?」

「じゃー三木くんの靴箱に熊谷さんのチョコレートが入っているってことね」


 修善寺は少し面白くなさそうな表情でベンチから立ち上がると一直線に僕の靴箱の扉を開けたがすぐにこちらに向き直って顔の前で両腕をクロスさせてみせた。どうやら入っていないということなのだろう。だとすれば、熊谷のチョコレートは一体どこへ消えたのか?


「残念。箱の中身は空っぽでした」


 戻ってきた修善寺の残酷な言葉によって僕のシュレディンガーの靴箱は確定した。開けなければ可能性だけは残ったというのにひどい話だ。だが、僕の靴箱にチョコレートがないとしたらどこへ彼女は隠したのだろう。いくら彼女の足が速いと言ってもいくつもの靴箱を開けて中身を入れたり、出したりしていれば追いついた金田たちに見られていたはずである。


 だけど、金田たちはチョコレートが交換されたことに気づかず。ロシアンルーレットチョコレートを口にしてしまった。教室からここまでに隠せそうな場所がないかと考えてみるが、廊下も階段も物を隠すには不向きに思われる。


「そもそもチョコレートなんてなかった」

「三木くんの靴箱にはないよね」


 修善寺は僕がチョコレートをもらえなかったことが楽しいのかひどくご機嫌だ。だが、僕が言っているのはそういうことではない。


「いやそういうことではなく、熊谷さんはそもそも三ツ矢に渡すチョコレートなんて用意してなかった。ただ自分が持っていると思わせることで金田さんたちを挑発した。結果として彼女たちは怒りにまかせて熊谷さんを追い回し、生贄の山羊として僕のチョコレートが食べられてしまった」


 僕の説明に修善寺は今回も納得しなかった。


「挑発するだけなら熊谷さんは別に生贄を用意する必要なんてない。だって金田さんたちが怒って彼女たちを追い回すだけで目的を達しているもの。極端なことを言えば彼女はそのまま走って帰宅しても良かったはずよ」


 確かに熊谷は帰宅せず、教室棟のほうへ戻っていった。戻っていくくらいならどうしてこの場所まで来たのか。それにどうして僕のチョコレートを使ったのかが分からない。和彦の俗物的施政方針で購買部でもチョコレートは購入できる。わざわざ僕のチョコレートを使った理由はなにか。


「三木くん。私ずっと思ってるんだけど靴箱に食べ物を入れるって抵抗ない?」


 突拍子もない話だった。だが、考えは吹きこぼれるほど煮詰まっていたので僕は話に乗ることにした。


「まぁ、そうだね。上履きとか運動靴を入れている場所に食べ物を入れるのは正直嫌だよ。でも、バレンタインの配達箱として机の中と双璧をなすってことは抵抗がない人が多いんじゃないかな」


「でも食べ物だよ。しかも手作りだったりしたらやっぱり入れたくない」


 衛生をとるかプライバシーを守るか。選択としては難しいところだ。ほかの生徒にはバレたくないでも衛生にも気をつけたいという人にはやはり靴箱は不向きだろう。熊谷はどうだったのだろう。大切な人間を渡すものを廊下や階段。下駄箱に隠して平然としていられるのだろうか。


 修善寺の考えを借りるならそれはノーだ。

 だとすれば……。


「ああ、わかった。熊谷さんがどこにチョコレートを隠したのか。どうして僕のチョコレートじゃなければならなかったのか」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公がかわいい [一言] チョコレート......やっぱり主人公許せない
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