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キャンディはチョコレートを愛さない  作者: コーチャー
キャンディは砕かれていた
16/21

キャンディは砕かれていた⑨

 姉から聞いた話である。


 男子の球技大会は勝利を求めて争うものである。だが、女子の球技大会は違うらしい。必死に勝利を奪い合う試合はご法度であり、いかに楽しく競技をするかということが大事らしい。それができなければクラスを超えた女子ネットワークから顰蹙を買うことになる。


 そんなことを昔、熱弁されたのだが目の前で繰り広げられているのはそれかなり攻撃的な試合であった。


 我らが二年五組と二年七組の女子バスケットボールの試合は球技大会という和気あいあいとしたものではなく、生き馬の目を抜く激しいものだった。その理由の一つが身長百七十八センチという大柄な小早川の存在がある。彼女は女子バスケットボール部の部長であり、負ける姿を後輩や同級生に見せるわけにはいかないとばかりに巧みなドリブルでほかの女生徒を押しのけてゴールを次々に奪っている。


 彼女がゴール下で動くたびにうちのクラスの女子から黄色くない悲鳴が飛び出している。


 さらにかつて金田たちに怒鳴られていた熊谷があのときの敵討ちとばかりに素早い動きでこちらからボールを奪っていく。ダブルエースを前面に押し出した二年七組の攻勢は激しくゲーム開始から十分で二十得点差が生まれている。


 二年五組はといえば、修善寺を筆頭に部活に入っていない生徒が大半であり、唯一の運動部である森本は卓球部でありコンタクトスポーツとは縁遠い存在で、すでに小早川に二度ほどこかされており及び腰でディフェンスをしている。


「なんだか見てるのがつらくなる試合だね」


 柳は目もそらしたくなるような悲壮感のある声を出したが、視線だけは女生徒に向かっており彼女たちが飛んだり、コケたりすると「おおっ」という声が漏れている。こういうことになると柳と距離を取りたく思うのだが、すでに試合が終わった人間が増える午後の体育館は満員であまり身動きが取れない。


「言葉と表情が違いすぎるよ。めちゃくちゃ口元が緩んでる」

「そんなことない。僕はスポーツを愛する一人として真剣に応援してるんだよ」

「なら男子の試合も応援に行ったらどうだ」

「無理だね。僕はここから動けそうにない。京平だけでも行ってくるといいよ」


 一切こちらを見ることもなく柳は言い切ると一心不乱にコート上を見つめている。


「柳のそういうところは素直に感心するよ。ブレないというかなんというか」

「京平。そんなこと言ってる暇があるなら修善寺さんを応援してあげたら?」


 コート上の修善寺はあまり気合が入っていないのか。ぼんやりとした表情でパスを受け取っては小早川に追い回されたり、熊谷にパスをカットされている。その姿は小学校のときの修善寺からはあまり想像がつかないものだ。あいつは負けることが好きではないやつなのだ。


「応援と言ってもなぁ」


 それは偶然だったと思う。漫然と眺めていた僕と顔を上げた修善寺の目が合った。修善寺はひどく驚いた顔をしたので僕は相手のゴールを指さして見せた。彼女はなにか楽しそうに微笑んだ。彼女がくるりと相手のゴールに向き直ると、僕からは彼女の表情は見えなくなり、かわりに僕の苦手な彼女の首筋が見える。


 スポーツをするためにポニーテールにまとめられた髪はぎりぎり昔の傷を隠している。


 ゆるやかにコートのセンターラインまで進んだ修善寺にボールが渡される。その瞬間、小早川が大きな壁のように立ちはだかるが修善寺は低いドリブルで彼女の左わきを抜けて一気に飛び上がるとそのままシュートを撃った。


 ボールは緩やかな弧を描くとリングのなかへ吸い込まれるように入っていった。

 それはとても綺麗なスリーポイントシュートだった。抜かれた小早川は何が起こったのかという顔でゴールを眺め、ゴール下にいた他の二年七組の選手は身動きも取れずに床を跳ねるボールを見ていた。


 ただ一人だけすぐに立ち直った生徒がいた。それは熊谷だった。彼女は一気に二年五組のゴール下まで走ると茫然としているチームメイトに「パス!」と叫んだ。はっとした二年七組の生徒が慌ててロングパスを投げるが、修善寺はそれが来るのを知っていたかのようにパスを遮ると一度だけ床にボールをついて綺麗なフォームで先ほどと同じスリーポイントシュートを撃った。


 ボールがゴールネットを揺らすと彼女は僕のほうを向いてどうだとばかりに満足そうな笑顔を見せた。

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