50話(エピローグ)
夢を見た。
『よかったね、高校最後の舞台に出れて』
「来てくれたんだ。」
『本当に最後の最後だよ』
夢の中の王子は王子様の衣装を着ていた。本当にその姿は彼とそっくりでなんだか感慨深くなってっしまう。
『頑張れそう?』
「うん。みんなには迷惑かけちゃったから頑張らないと」
『ただ練習不足だし台本も無くなっちゃったからなぁ。大丈夫?』
「俺を誰だと思ってんの?生まれながらにしてステージの神様に愛されてる古谷結斗様だよ?もちろん完璧に決まってんじゃん!」
くるりと回って同じ衣装を見せる。細部は違くとも面影は変わっていない。
「ほら見て!見た目も完璧!どっからどう見ても理想の王子様!カッコいいでしょ?可愛いでしょ?最高でしょ?」
『あーはいはい。最高最高。ほんと、……僕にそっくりで』
「……理想の王子様、だからね」
俺はぼやける彼を見て呟いた。
「ずっと、写真の中の王子様が助けに来てくれると思ってた。漫画みたいにひょんなことから出会って、俺を救ってくれる人。……最後まで現れてはくれなかったけど」
『当たり前じゃん。王子様なんていないんだから』
「知ってる。だって俺は普通の人だもん。お姫様じゃないただの村人Aに王子様はこないよ。自分でなんとかしなきゃどーにもならないんだ」
「だからもう王子様は待たない。誰かにおぶさるだけなのはやめようって決めたんだ。自分で頑張ってみるよ。……そりゃなんでも1人で解決ってわけにはいかないだろうけど、出来る限りは」
『うん。……頑張れ』
少しの沈黙の中に不安が泳ぐ。気がついた時には顔を上げて弱音が口に出ていた。
「…………やっぱりひとりじゃ」
『出来るよ』
王子はそれを言い切った。
『出来る。だってあの時だってちゃんと自分で助けを呼べただろ?』
「でも、俺じゃ最善の結果は出せない。父さんの事だって、他にやり方があったかもしれない。きっと他の人が俺の立場だったら……」
『そこに居るのは君で、それを選んだのも君だ。僕は君が選んだ選択ならそれで良いと思ってる。だって全力で考えて、それで選んだ答えなんだ。だったらいいじゃん。万人が納得できる答えなんてないんだから。ハッピーエンドの定義なんて人によって違う』
『古谷結斗が保証するよ。アレは僕たちが出来る選択の中で最善の選択で正解だった。だからああすればよかった、なんて思わなくていい。やりたいようにやれ。君の選択は全部僕が肯定してやるから』
不安なのが表情に出ていたのか、王子は笑って答えた。
『そんな不安そうな顔するなよ。僕も側にいる』
「それ結局1人じゃん……」
そうすると、彼はくすりと笑って俺の頭を撫でてくれた。
『でも、僕はちゃんとアンタの中にいるから。ずっとアンタの背中を押してた"僕"がいた事。それだけは忘れないで。そしたらきっと、なんだってできるよ』
わしゃわしゃと頭を撫でくりまわされて、思わずうざったくて頭を払う。
それは昔、父さんが小さな頃にやってくれた癖だった。
『"俺"はもう自分の事を大事に出来るよ。きっともう演技なんてしなくたって、自分を騙さなくったって前に進める。"俺"はもう自分の足を持ってるんだから』
周りが明るくなって来る。それはまるで、いつか見た薄明のようだった。
『ほら、朝が来る。そろそろさよならの時間だ。王子様役は二人もいらないだろ?俺はもう降りるよ』
「ねぇ、君とさよならしたらどうなるの?」
『なにも変わらないよ。妄想に逃げなくてもよかった頃に戻るだけだ。俺は消えて、お前は幻聴も幻覚も見えない普通に元通り、ってね』
「じゃあもう話したりは出来ないんだ」
『もう誰かに方向を決めてもらう必要はないからな』
「1人でなんとかやって見るって決めたもんね」
「でも、声が聴こえなくても、姿が見えなくても、君が隣にいるって思う事は許してね。自分を騙していたとは言え、君に恋をしてたのは本当の気持ちだから。きっと好きな人が一緒ならなんだって出来る。そう思える勇気が貰える」
『ナルシスト』
「なんとでも言って」
『……隣に、じゃないよ。だって隣にいるって事はその場所から立ち去る選択肢だってある。僕はお前で、お前は僕。俺たちは一人の人間だ。だからお前いる限り、ずっと一緒だよ。どんな事があったって離れない』
そう言って、王子は俺に微笑んだ。ような気がした。
『だから大丈夫』
その時には、もう姿なんか見えなくて、声だってどこから聞こえたのかすらわからなかった。
でも、たしかにそれは聞こえてきて、もしその場所を定義するとしたらきっと心なのだろう、とそう思った。
雨はまだ止んでいなかった。
雲に隠れた朝日にとっては目覚まし役はお休みの日。
つまりは、だ。
「いっけなーい!遅刻遅刻☆……とかいってる場合じゃねえええええ!!!」
傘を片手に通学路を駆け抜ける。朝のHRには完全に遅刻というか時間的にすでに終わった。
朝一番の公演はHRのすぐ後。今はきっと部員たちがざわついてる頃だろう。
え?部長いなくね?音信不通だって?え?やばくね?部長どこ?なんて。
笑えるのが携帯を忘れてきたということだ。遅刻の連絡すらできない。積んだ。
(でももう学校は目の前!手続き飛ばして会場直行すればいける!)
バルーンやアーチで飾られた人が溢れる校門をくぐり抜けそのまま体育館に直行する。
雨の昼時だというのに会場は驚くほど賑わっていた。
(結構人いるじゃん!?なんで昼だよ?!お腹空かないの?!)
控え室代わりの更衣室のドアを音を立てて開ける。
そこには既に衣装に身を包んだ部員たちが不安そうな顔で俺の登場を待っていた。
「ごめん!お待たせ!」
「「部長!」」
後輩たちの表情がぱあっと明るくなる。反対に顧問は鬼の様な形相で俺を睨んでいたがお叱りは後で受ける事にしよう。
「すぐ着替えるから!」
急いで身なりを整え、あの王子様の衣装に身を包む。
髪を整えるのに手こずっていると後ろから手が伸びた。
「やるならついでに可愛くしてくれよ」
「……怒ってないのか」
「怒らないよ。逆にやっと現実を見れたから感謝してる」
それはきっと王子の件の事だろう。智仁が指摘しなければずっとぬるま湯に浸かっていただけだっただろうし、彼には感謝している。
自分に向き合っていなかったら、きっとこの場所にはいなかった。
だから気になんてしないでいいのだ、そう言っても智仁は納得いかない様な複雑な表情をする。
「……」
「ま、そんなに気にしてるなら味噌ラーメン3杯でチャラにしてやる。しかも今日な」
「そんなに食えねえだろ……はいできた」
鏡を見ると男にしては長めの髪の毛が両サイドからくくったところまで編み込みがされている。
「おお!かわいい!」
「襟治すぞ」
首元を直され姿見の前に立つ。どこからどう見ても素敵な王子様だ!
「先輩!そろそろ時間なので!準備は?」
「完璧!」
更衣室を出て舞台袖に移る。
間髪入れず後輩のナレーションの声を合図に幕が上った。
そこで俺は見るだろう。
大勢の歓声と待ちに待った笑顔、それから愛しいあの人の姿を。
公演が終わってすぐ、衣装もそのままに俺はその背中を追いかけた。
「父さん!」
男は振り向かなかった。
「どうして……」
「お前が見に来いといったんだろう」
「じゃあ見にきてくれたんですね!」
「結斗」
「はい!」
「全体的に役に入り切ってない!」
「はい!?」
響いた叱り声に身体が跳ねる。
「後半も一瞬セリフ飛んだの隠せてないし躓いた後に表情に出すな!」
「は、はい!」
「……でも、見れなくは、」
父さんは少し言い淀むと顔を見せずに言った。
「……いや違うか。上手だった。お疲れ様」
ずっと、欲しかった言葉。
「〜〜〜!はいっ!」
俺はお姫様ではないから、完全なハッピーエンドなんて迎えられない。
望んだ全ては手に入らない。父さんは暴力を辞められないだろうし、俺も心の辛さとは一生付き合っていかなければならない。
これから先、何年たっても憧れた完璧な家族にはなれない。そして、俺を救ってくれる王子様はこれからも現れないだろう。
暴力とすれ違いが元のわだかまりはこれからも永遠に俺たちの心の中に残り続けて行く。
それでも、完全な理想の終わり方ではなくても。
俺は今、幸せだった。
自分の演技で、自分の舞台で誰かの心を動かせるのなら。
他でもない貴方の心を動かせたのなら。
それ以上に幸せなことなんて他にはない。
不完全でもこれが俺にとっての、ハッピーエンドだ。
「……と、お待たせ〜〜!」
夜8時、待ち合わせ場所のカフェにはすでに一人の男が俺のことを待って座っていた。
「遅かったな。仕事忙しい?」
「覚えることもやることもいっぱいでへとへと。新入社員だから色々甘く見てもらえるのだけが救いだよー」
「大変だな。俺は専門だからあと2年猶予があって良かった」
「二年なんて秒じゃん。お前もすぐにこれを味わうことになるんだよ……、楽しみにしとけ」
「目を背けることは」
「出来るけど就活は外堀から埋めてくるぞ。内定が決まる周囲、親からのプレッシャー、大人からの期待にお前は耐えきれるかな?」
「この話はまた今度にしよう」
「あ、逃げた」
智仁と笑いながらカフェでコーヒーを啜る。あれから数ヶ月が経過していた。
俺は社会人1年目、智仁は専門学生1年目、立場は違うが今も仲良くやっている。
同じ小劇団の仲間だということも関係しているだろうが、もしそうでなかったとしても関係はあったことだろう。
「……最近はどうなの?」
「何が?」
「仕事以外で」
「んー、一人暮らし思ったより快適って感じ。新生活って人生の再スタートみたいに言うけど俺は他の人よりスタート地点が後ろだったからさ。大変だけどやっと普通に近づけたのかな?って。でも昔よりは確かにマシになったよ」
「父さんと離れただけでこんなにいい方向に生活が変わるなんて思ってなかった」
あれから父さんとは連絡を取っていない。それは仲が悪いからではなく、二人にとってまだ会うには時間がかかると思ったからだ。
いつかはわからないが、二人の関係にはいつか時間が解決してくれると信じている。
「でもさ、……いつか父さんの方が折り合いつけることできそうだったらまた会いたいって思うよ。あっちとしては人生を壊した相手なんて顔も見たくないと思うけど、俺にとってはたった一人の父親で、……憧れの王子様だった人だから。完璧には決別出来そうにない」
「……そんなもんか」
「そんなもんでしょ。あとは時間が解決してくれるのを待つよ」
「俺としては複雑だけど。お前が楽になったなら良かったよ」
「たださー…運命の人が来ねえんだよな!」
「あれ?辞めたんじゃないのヒロインごっこ」
「利用するのを止めたってだけで普通に恋愛はしたいんだよー!おっぱいが大きい爽やか系ボーイッシュな女の子と付き合いたい!出会いがない!」
「じゃあ流れ星にお願いしてみればー?恋人くださいって」
「流れ星?なにそれ」
「今日ふたご座流星群なんだと。確か……あと1時間かそこらぐらいがピークだったかな」
「ふーん」
ニュースは天気予報や占いをチラ見するくらいしかしない。だからそんなイベントが起こることも知らなかった。
興味が元々無いということもあるが。
「あれ?興味なかった?昔だったらお願いしなきゃ!とかかわい子ぶってたのに」
「あぁ、……もうそういうのはいらないから」
たしかに昔はそういうものに興味を持っていただろう。だけどもうそんなものは必要無い。
「本物も偽物もお願い事は叶えてくれないし。だからお願いは自分で叶えるよ」
王子様はこないし、俺は王子様にはまだなれそうに無い。だから自分のこの足でなんとか歩かなきゃいけないのだ。
そう、自分が教えてくれた。
「頑張ってって言われちゃったからね!」
テラス席に吹く夜風が今日も気持ちいい。
きっと明日もいい日になりそうだ。
口に含んだコーヒーはあの時と同じほろ苦い味がした。
今まで読んでいただきありがとうございました!
虐待や毒親に対して子どもができることは少ないです。まずは親から逃げることを考えてください。彼らも病気です。病気の人に常識は通用しません。周りも助けてはくれません。
自分が一番大事なのだから自分のことは自分で救わなきゃだめです。
そういう気持ちで書きました。
長くなって申し訳ありません。少しでも伝わっていただければ嬉しいです。




