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王子様を待っているキミへ  作者: 今野ひなた
49/50

49話

目がさめると窓から見える空は濃くなっていた。


少しいつもより重い身体を持ち上げてリビングに向かう。


そこには誰かが戻ってきた気配は無く、ただソファにジャケットがかけてあるだけだった。


(いかなきゃ)


俺も続いて玄関を出た。しとしとと雨粒の落ちる音がする。


どうやら気を失っている間に雨が降り始めたらしい。


「……それとこれも」


昔貰った時計を手首につける。


俺は傘を二本持って足を踏み出した。





「結斗、これやる」


幼い俺に手渡されたのは子供には大きなベルトの時計だった。


「ぶかぶか。それにお父さんの大事にしてるやつじゃないの?」

「お父さんにはもう似合わなくなっちゃったんだよ。結斗が大きくなったらつけてくれると嬉しい」

「じゃあ大きくなるまで大事にしてるね!」

「……ああ」


今なら思い出せる。全部思い出せる。

あの人が俺を見る瞳の色も、微笑みも。





「どうして僕の言うことを聞けないんだ!」


「ひ……っ!」


「こんなものはいまだに持ってるくせに……!」


そうして大切に机に飾られていた時計が壁に投げつけられる。


ベッドの隙間に落ちた時計は拾おうとしても、その掌を思い切り踏みつけられて叶わなくなってしまう。


その時はどうだったかな。いつも辛そうな顔をしているからきっとそんな顔をしてたんだと思う。




(俺は大きくなりましたよ)


ぶかぶかだったベルトが合うようになるくらい。


踏みつけられても立ち上がれるようになるくらい。


そして、あなたを迎えに行けるようになるくらいには。





男はベンチに腰をかけ遠くを眺めていた。


頭上の屋根が溜まった水滴をコンクリートの上に落としている。


「やっぱりいた」


声をかけられたことに気づいた瞬間、彼は驚いた様に目を見開いた。


「どうして」

「追いかけなきゃ一生話せない様な気がしたので」

「でも、お前は倒れて、何でここが」

「怒られるかもしれませんけど。聖さんの高校時代の日記見ちゃったんです」

「ここの事が書いてあったのか」

「ええ。ここから見る景色が好きだと、悩んだらここに来ると。だからここにきてるんじゃないかと思ったらビンゴでした」


『僕』は学生時代の父さんをそのままキャラクターに落とし込んだ存在だ。


『……もしさ、僕が君のそばにいられなくなっても、今日のことは忘れないで欲しいな』


そう言った彼は悩んだ時にはここに来ると言っていた。


彼がそうならば、オリジナルもそうだという予想は当たっていた。


「……酷いことをして、すまなかった」

「怒ってません。仕方ないとは思ってますけど。だって止められないんでしょう?自分のこと」

「やめようとは、思っているんだ」


父さんは力がない様に項垂れて言った。


「お前に暴力を振るう度に後悔してるんだ。やらなきゃよかった、こんなことしなければよかった毎日考えてた。でも無理なんだ。お前が楽しそうにしてると思うとイライラして止まらなくなる。頭の中が赤くなって何も考えられなくなるんだ」

「でも、俺は聖さんのこと好きです」


雨の音がする。差した傘からは雨粒が落ちる。


「唯一の家族だし、俺をここまで育ててくれたし、何より憧れです。だから他の家の普通みたいに仲良しになりたいと思ってました。そういうのを、夢見てました」


夢を見ていた。

普通の家族になる夢を。

でもそれは彼と自分の関係性が生まれてしまった以上無理な話だ。嫉妬、羨望、そういうものを抱いている時点で普通の家族関係は得られない。


「でも思ったんです。自分と何処かの誰かに合う合わないがあるなら、親と子にも合う合わないがあるんじゃないかって」

「家族なら仲良くあるべきだ」

「それは思い込みです」


家族仲良くなんてものは理想論でしかない。


「俺たちは他人ですよ。同じ血が流れていても心が同一じゃないなら他人です。他人同士は分かりあえません」


王子は俺の事を全部解ってくれた。それは彼が「古谷結斗」だからで、本来、他人というものは分かり合えない。


だって、個々に人格や考えがあって、それを全て理解するなんて無理な話なのだから。


「誰かが助けてくれるのを望んでました。でも、現実って辛いから、誰も助けてくれないんですね。だから俺は自分で自分を楽にさせてあげることにしたんです」


俺は二つ持った傘のひとつを彼に渡した。それから、多分、ちゃんと笑えた。


「だから俺、高校卒業したら家を出ます。それで、帰らないつもりです」

「僕が……悪いからか……」

「違いますよ。……お互い楽に生きたいじゃないですか。無理し続けたら壊れちゃいますしね。貴方は悪くないです。ただ、俺たちの相性が悪かっただけ」

「家族だぞ?家族なんだから相性なんて、」

「そりゃ世間一般的には親子末長く仲良く、ってのが普通なんでしょうけど。それでも無理なことってあります。たとえ誰が否定しようとも、普通じゃないと後ろ指指されようとも、自分たちが楽に生きれるならそれでもいいと思います。問題に立ち向かってなんとかなるならいいですけど、どうやってもなんとかならないことってありますし」


例えばそのベンチに二人で並んで座る事だとか。


どうしたって自分と彼は側にいられない。


「楽に生きることは堕落じゃありません。いいんです。もうお互い無理しなくて」


次会うのは最低限、冠婚葬祭くらいの時でいいんじゃないか。そう提案すると懺悔する様に彼は頭を抱えた。


「……父親らしいことを何もしてやれなかった」

「そんなものはいりません」


父さんが母さんの様にを捨てなかっただけでよかった。


「ただ叶うなら、貴方のことを「父さん」って呼ばせてください」

「……名前で呼びあう親子は一般的に仲が良いと聞いたのだが」

「まさかそれで俺に名前呼び強制してたんですか?!馬鹿か?!」


今まで父親の自覚を持ちたくないから名前を呼ばせたくないのだと思っていた。


ほら、もう理解が出来ていない。他人同士は完璧に理解が出来なくて、だからこそ自分たちは離れるべきなのだ。

お互いのために。


「親に向かって馬鹿とはなんだ馬鹿とは」


そう言うと彼は軽く俺の脛を二回蹴った。いつもと違って全く痛く無くて、それで笑ってしまった。


そんな俺を見て安心したのか、彼も軽く笑ってくれた。何年振りかに笑顔を見て、嬉しくなった。


「あはは!痛い痛い!……あのね、父さん。俺、こうやって貴方と笑いあうのが夢でした。して欲しかったことはたくさんあります。劇も見に来て欲しかったし、授業参観にも来て欲しかった。夕方には迎えに来て欲しかったし、俺の作った料理を美味しいって褒めて欲しかった。でももういいです、十分です」

「………」

「行きましょう。こんな寒いところにいつまでもいたら風邪を引きます」

「結斗」


父さんは俺にそう声をかける。


「僕にチャンスをくれ。もう一度父親になるチャンスを」


父さんはそう言って傘を受け取ってくれた。


俺にはもうそれ以上に嬉しいことなんてないというのに。


この人はそれを解っているのかな。


なんだか涙が出てきそうで、俺は水滴を拭うふりをして袖で頬を拭った。

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