47話
結斗がまた学校を休んだ。
相変わらず電話は繋がらない。何回も電話をかけているのに折り返しもない。
なんで何も相談してくれないんだろう。
結斗にはもう俺しかいないはずなのに。
王子様なんていないのだから一番に俺を頼るべきなのに。
結斗はいつもそうだった。
頼るのはいつも結斗のことを一ミリも考えていない赤の他人。
俺には辛い時も、悲しい時も、頼ってくれたことなんて一度もない。
普通だったら、1番長く一緒にいて、なんでもわかってやれる俺に最初に頼るべきだろ?
(家行ってみるか)
教師に体調不良と偽って早退の手続きを取った。
授業の出席だとかは結斗と天秤にかけたらどうでもいいことだった。
「こんにちわ」
「王子~~!」
玄関を開けると制服の王子が顔を出した。
「案外元気そうだな」
「そりゃ王子が来てくれたからね!」
勝手知ったる自分の家というように王子は部屋に入る。リビングを見て、俺の部屋を見て、もう一つの部屋の前に立つ。
「ここは?」
「そこはだめ。父さんの部屋だから」
「そっか」
彼は納得するともう一度リビングに戻る。そうしてソファに座ると息を吐いた。
「思ってたより大変そうだね……。知ってたけど物が多いから検討がつかないや」
「そうなんだよね」
隠そうと思えば何処にでも隠せるはずだ。
「お父さんが隠しそうな場所は予想つかない?」
「会社」
「そこまで鬼畜なの?」
「だって俺ならそうする」
「えぇ……」
俺だったら会社に置いて手出し出来なくさせるか、そもそも鍵自体を捨てる。
父さんはどうするだろうか。昨日の夜までは部屋にあったから、恐らく朝早くに隠されたと思われる。
忙しい朝に難しい場所に隠すだろうか?引き出しの中に入れるくらいならわかりやすいのだが。
「とりあえず探してみよう。僕は君の部屋、君はリビングを探してくれ」
「俺が俺の部屋探すんじゃないんだ?」
「固定観念って怖いからね」
なるほど。自分の部屋だからこそ、固定観念にとらわれて自分ではわからないということか。
「じゃあ探してみようか。あ、ベッドの下は見ないふりするから安心して」
「やかましいわ」
「いや何処だよ……」
ソファの下、テレビの裏、棚の中。まるでホラーゲームの主人公みたいに隈なく探した。鍵らしきものは見当たらない。
成果といえば、無くしていた時計が出て来たことくらいだ。
父さんから小学生の時にお下がりで貰ったものだ。黒い革ベルトで金色の文字盤がついた時計。
小学生の俺には大人用の時計はサイズが合わなくて、大人になったらつけようと思っていた。確か昔父さんに投げられて何処かに行ってしまっていたのだ。
久しぶりにつけてみる。小学生の頃と違って今ならちゃんと腕に巻けるようだ。
「なんでこれくれたんだっけか……」
忘れてしまった。なんたって随分前の話だ。
「…………」
昔のことはあまり覚えていない。
幸せは塗りつぶされるものだからだ。
(この頃の俺は愛されていたんだろうな)
じゃあ、今の俺は?
そんなの決まっている。
「結斗」
いつのまにか王子がリビングに立っていた。
「カッコいい時計だね」
「父さんから貰ったやつだ。お下がりだけどね」
「こんな高価そうなやつよく子供にあげるなあ」
「高いの?」
時計のことはよくわからない。
が、大人が使っているものだしそこそこの値段がするのだろうか。
「今調べたけど偽物じゃなきゃ30万くらいかな」
スマートフォンを操作しながら王子が淡々と答える。
「バカじゃないの?!」
「バカなんでしょ」
「えぇ……そんな小学生にブランド時計とか渡すなよ……しかもそれを投げるなよ……」
父さんは別に金銭感覚が狂っているわけではない。
パチンコはちょっとだけするけれど、それ以外は特に目立った使い方はしていないはずだ。家計簿をつけてる俺が言ってるんだから間違いない。
「まぁ物事には全部理由があるからさ。案外ビックリする理由かもしれないよ?」
「例えば?」
「少年に貢ぐ趣味があるとか」
「やだなー」
時計を眺めながら笑う。父さんはどんな気持ちでこれを押さない俺に渡したんだろうか。
そんなことは多分一生知る由もないけれど。
「とりあえずこっちは隈なく探したよ。そっちは?」
「収穫はこれしか」
「あとは何?トイレでも探しとく?」
「いやそんなとこにあったら嫌だわ」
「じゃああとは……」
父親の部屋か、そう王子が言ったところでチャイムが鳴った。
「お客さん?」
「父さんがこの時間に帰って来るわけないし、そうだろうね、ちょっと見てくる」
インターホンの画面を確認する。モニターの中には見慣れた顔が写っていた。
「えっ?!」
「どうしたの?宅配便?」
「いや、智仁が……来て……」
なんで?学校は?そうして戸惑っている間にも呼び鈴は鳴り続けている。
「取り敢えず会ってみれば?僕は君の部屋にいるからさ」
「うん……」
ボタンを押してエントランスと部屋をつなぐ。
「どうしたの……?学校は……?」
『電話が繋がらないから来た。開けて』
「今王子来てるから」
『……開けて』
ここからは表情はよく見えないが、その声色は普段よりも低い。機嫌がいい……というわけではなさそうだ。
「……わかった」
ロックを外して自動ドアを開けてやる。ここまではエレベーターを使わないと来れない。おそらく遅くても四~五分でここまで来てしまうはずだ。
「王子ごめん、部屋にいて。十五分くらいで終わらせてくるから」
「そんなに邪険にしなくてもいいのに」
「文化祭出れないなんて言えないでしょ。それに今会ったら確実に失言する。俺結構今弱ってるから」
「まだ出れないって決まったわけじゃないでしょ」
「……それもそうだね」
玄関前のチャイムが鳴った。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ドアノブを押して、来客を出迎える。
「おはよう、結斗」
「……おはよう。いきなりどうしたの?学校は?」
「それはこっちのセリフ」
智仁は笑わなかった。怒ったようでもない。只々無表情で、俺の後ろを見ていた。
「入れば?」
いつまでも玄関に突っ立っていても仕方がない。
リビングに彼を通して、紅茶を入れてやった。智仁の好きなアールグレイのロイヤルミルクティーだ。茶葉を煮立たせている間、俺たちの間に会話は一つもなかった。
ソファの前のローテーブルに茶菓子と一緒に置いて、俺は向かいに座った。
「飲んだら帰って」
「……今日も学校休んだんだな」
「寝坊しただけ」
「…………」
沈黙が続く。
双方ともその間、カップに口はつけなかった。
痺れを切らして先に口を開いたのは智仁の方だった。
「……俺ってそんなに頼りない?」
「は?」
いきなりそんなことを言われて思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。智仁が立ち上がった拍子にティーカップから紅茶が跳ねてテーブルに飛んだ。
「だってそうだろ?!どう考えても大変なことになってんのになってるってのに毎回毎回なんでもないってっ!」
「智仁……?」
「そんっなに楽しいかな?!妄想の王子様と遊ぶのはさぁ!」
「え……?」
「見たよ?毎日王子王子言ってて実際は一人遊びって!笑えるよな!嫉妬してたのがバッカみてぇ!」
「待って、どういう事……?」
「今日も王子が来てるからって、来てるわけねーだろ?!そんな人間いないんだから!」
妄想って、一人遊びってなんだよ。
「なに言ってんの……?いるよ、今も俺の部屋、」
だって王子は今日も居るじゃないか。今だって俺の部屋にいるはずだ。そうだろ?さっきまで一緒に、
「ーーっ!」
俺はリビングを飛び出した。
一直線に自室に向かう。この中には王子がいるはずだ。この中には、
「王子?!」
勢いよく開けた扉の中には、誰もいなかった。
「は……?」
だって、だって、さっきまでここにいて、待っててねって、
「か、帰ったんだよね……?俺が遅かったから、そうだ、電話、王子なら電話出てくれるから、」
震える手で電話帳を開く。
ない、ない。
スクロールして、王子の番号を探す。
見つからない、履歴を見ても電話帳を見てもそんなデータは存在しない。
「なんで、ないの……」
いつのまにか、後ろに智仁が立っていた。心底嬉しそうな顔で、俺の部屋を見ながら。
「王子様なんて最初からいないからだよ」




