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王子様を待っているキミへ  作者: 今野ひなた
43/50

43話

「そろそろ寒くなって来たね」


夜風が目にしみる。最近は手に息を吹きかけるほどではないが、薄着では多少心許ない日が続いている。


俺はパーカーの裾を伸ばして手を暖める。その自分の仕草に数週間前の熱い缶コーヒーを受け取った時のことを思い出した。


「王子と出会った時もこんな日だったね」

「そうだったっけ?」

「そうだよー」


あの日、珈琲缶を拾ってくれなかったらどんな未来が待っていたのだろう?


起こらなかった事を考えることは無意味だ。でも、考えずにはいられない。


王子と出会えていなかったら、きっと、なにもかもを諦めていただろうな、と思う。


部活も、父さんとの確執も。


「俺、王子と出会えてよかった」

「何、今更」

「いやさ、結局王子は全部解決してくれたじゃん。俺の王子様になってくれた」

「僕は何もしてないよ。後押しをしただけ。やったのは全部君、王子様は僕じゃない、結斗の方だ」

「俺が王子様ー?そんなわけないじゃん」


古谷結斗という人間は止まることや後ろに退がる事は出来るけれど、前に進む事はできない。今まで出来なかった事ができるようになるはずがないのだ。


「それでも実際に前に進んだのは結斗の方だよ。僕はいつだって助言しかしてない。それこそ魔法使いのように」

「えー?そうかなあ?」


だって最初に俺を見つけてくれたのは王子の方だし、智仁と喧嘩した時だって、声が出なくなった時だって……。


「ん……?」

「気づいた?」


珍しく嬉しそうに微笑む王子に疑問符が出る。


「……恩って勘違いでも売ったほうがいいんじゃないの?」

「そういう趣味はないんだ」


価値観の違いってやつか、俺はそう一人で納得して、そうだと鞄から一枚のチラシを取り出した。


「じゃあさ、見に来てよ。俺の晴れ姿」

「文化祭?」


文化祭の、演芸部の演目が載っているチラシ。そこには「雪国の王」という演目と共に演者の名前がつらねられている。


「本当に俺が王子様になれたかどうか、王子の目で見にきてよ」

「僕も忙しいんだけどな。今回じゃなきゃダメ?」

「うん、それで最後にするから」

「最後?」

「うん」


俺は大きく伸びをすると吐き出した息と共に言った。


「働きながら演劇って難しいし、現実的じゃないでしょ?両立する努力も必要だしーー、それにそういう本格的な世界には小さい頃から養成所に入ってるような人がわんさかいるんだ。かないっこないよ」


社会人になれば拘束時間も長くなり、毎日練習するということは叶わない。疲れも出て来て休日もろくに練習できないだろうしーー……それに、そこまでしてやる演劇に何の価値があるのだろうか。全てのハコが満員になるとは限らない。


それに副業にするのなら大きな事務所には入れないだろうし、選択肢としては社会人サークルなどの小劇団になるだろう。


小劇団なんてたくさんのものを犠牲にして実際に見てくれる人は数人なんてことはざらにある。そんなものに人生をかけるなんて無意味だとは思わないか。


「そうかな?」


王子は俺の内心を覗いたように答えた。


「結斗は、沢山の人に自分を見てもらうのが目的なの?」

「……それは」


違う気がする。


「父さんの心に何かを残せればそれでいい」


俺は今まで父さんみたいになりたかった。王子様みたいに、誰かにキラキラを残せるようなそんな人に。

それが今は父さんが相手なだけで、その先は?


「君にとっての演劇ってそんなものなの?」

「そんなものって……」

「身内にアピールするための手段なだけでいいのかって言ってんの」

「そんなわけないっ!」


俺は築けば声を荒あげていた。


「演劇は、ステージは、……うまく言えないけど、もっと、ずっとキラキラしてて、そんな個人の承認欲求の為に使って良いものじゃないんだ。観るものみんなが良かったって、暗かった心を変える力があって、そうやって人を変えるような力がある尊いものなんだ。だからそんなこと冗談でも言わないで!」

「出てるじゃん、答え」

「……え」

「それだけの熱意があれば遅かれ早かれ、また再開しちゃうでしょ」

「でも、」


彼はよっと飛び上がってジャンプすると俺の目の前に現れる。


「人生はやろうと思えばなんでもできる。そりゃそれ相応のリスクは負うことになったりするけどーー、それでもやろうとすることはこうやってジャンプすることより容易い事だよ」

「理想論だ」

「でも君はそれをする力がある」


彼は少し歩いて蛾が飛び交う自動販売機にコインを入れた。ガタンと大げさに大きな音を立てて缶コーヒーが出てくる。銘柄はあの時拾ってもらったものと同じだった。


「これが冷めきる前にきっと答えは出るよ」


缶コーヒーをそう言って投げてよこす。冬場が近いからか、コーヒー缶はそれなりに熱く、パーカーの裾で挟んでも暖かさがわかるくらいだった。


「……俺は、演劇が好きだよ」

「うん」

「最初は、恋からだった。王子様のことを好きになって、それで演劇に興味を持ち始めて、父さんも演劇好きだから、いろんな舞台やミュージカルに連れて行ってもらって、いっぱいキラキラを貰えた。演劇の力ってすごいんだ。大きなホールなのに全員が目の前の生きてる人間に目が離せなくなって、演者も人が変わったようにその役を「生かして」くれる。みんながみんなその空間の中では幸せで、一人一人に大事なものを残して終幕する。それってすごいことだよ。人の心がたったの数時間で変わっちゃうんだ」


コーヒーは、まだ暖かい。


「……そういうことが、俺にできるとは思えない」

「できるよ」

「どうして」

「そういう想いが胸の中にあるなら観客にはきっと届く。だって、実際の君がそうだったでしょう?」


小さい時に見たビデオ、キラキラした、拙いながらも最高のステージ。


そういうものを俺は届けられるだろうか?


手の中の缶コーヒーは素手で持てるようになっていたが、それでも熱く思えた。


誰かに何かを届けられるならそれはどれだけ幸せなことだろう。


今まで俺は何か、出来ていただろうか?

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