42話
「お前最近王子様とかお姫様とか言わなくなったな」
「え、そう?」
「うん。なんかあった?」
「えー、なんもないけど。王子がいるからじゃない?俺は今でも王子のヒロインにはなりたいしむしろなるよ」
王子様はもう追いかけていないけれど、王子を好きな気持ちに偽りはない。
今だってチャンスがあればお付き合いしたいと思っている。
「王子ね……。最近仲良いよな、前まで追いかけ回してウザがられてたのが嘘みたいだ」
「アレ照れ隠しだから。王子はねー、俺のことなんでもわかってくれるし本当いい人だよ。付き合いたい……」
「へえーー。興味ないわ」
「お前から聞いておいて!?」
「でもそれだけ仲良いなら本名の1つでも知ってていいもんだけどな。あだ名だろ?その王子っての」
「……そういえば」
自分は彼を会う機会こそ多いが、肝心な個人情報は電話やメールアドレスくらいしかしらない。
王子だって言うのも父親似の容姿から勝手に考えたあだ名で本名は別にあるはずなのだ。
「俺相変わらず王子の事何も知らないわ……!」
「マジで?」
「マジで……。え、待って放課後毎日のように会って、電話もメールもして、お家デートもして?本名知らないってそんなことある?!」
「目の前に」
「だよね!?」
信じられないが事実で、頭を絞ったところで情報が出でくるわけもなく、俺は呆然と立ち尽くすしかできなかった。
「というわけで王子!王子の名前って何!?」
いつもの屋上に到着して、いの一番にそう叫ぶと迷惑そうに彼は耳を塞いだ。
「教えない」
「なんで!?」
教えてくれたっていいじゃない!そう主張しても王子は変わらず口をつぐむ。
「企業秘密なので」
それどころか、しーっと人差し指を俺の唇に当てて微笑むなんてファンサみたいな技を使ってくる。
その顔でそんなことされたら何も言えないのを知っているのに!
「えーん俺は王子の事こんなに好きなのに王子は俺のこと好きじゃないんだ」
「好きだよ?」
「え」
「あ」
一瞬気まずい沈黙が流れる。
「……今のナシ」
「王子ーーーっ!」
溢れ出る衝動が抑えきれなくなって俺は彼に向かって飛びついた。
「好き!すごい好き!どうしよう!?」
「知らない。離れて」
「やだ!結婚!」
「いーみーわーかーんーなーいっ!離れて!」
「そんなこと言って俺のこと好きなくせにー!大丈夫だよ俺ちゃんと幸せにするよ!」
「冗談じゃない……」
嬉しい。これは恋愛感情なのか、ただの友愛なのか、自分でもわからないけれど、それでも嬉しかった。
暑苦しく自分より少し大きな体に抱きついてじゃれていると、無粋にも携帯の通知音が鳴り響く。
「っと、ごめん。智仁からメール……げ、」
「どうしたの?」
「今日の全体練習中止だって」
「珍しいね」
なんでも一学年下、二年生の階で盗難があって犯人さがしらしい。折角午前授業だけの日で練習に集中できると思ったのに間が悪い。
「これからどうするつもり?」
「え……どうしよう、声は完全復活して問題ないし1人の練習には限度があるし……」
「じゃあこないだに引き続き『突撃隣の古谷ん家』でもするとか」
それはないだろうと言いかけるが、朝方父さんに言われた一言が脳裏に思い返される。
「……まって、今日父さん会社に呼ばれて1日帰ってこない……はず!是非来て!てかお昼ご飯も食べに来て!」
「じゃあ一回家帰ってちょうどいい時間に行くよ。二時くらい?」
「おっけー!楽しみにしてて!俺の”女子力”の見せ所だから!」
「相変わらず女子力の意味わかってないでしょ」
いつもの昼食なんて粗末なものだが、そう言うことなら今日は腕を振るおう。
気合いを入れ直して先に屋上から別れる。
甲高い音が頭に響く。嫌いな音。怖い音。父さんがやってくる音。 開けなきゃ、開けなきゃ早く開けなきゃまた怒られる。覚醒しきらない頭で玄関に向かう。肌寒くなってきたから寒空の下でまたせたら可哀想だ。 玄関の扉を開ける。突き飛ばされる。リビングまで引きずられて怒鳴られて、水かけられて、
「こんにちは。……寝起き?」
目の前の男の人は父さんじゃなかった。若い時のあの人とそっくりな顔をした、優しい人。
「うん……、ん?早くない?まだ昼前だよ?」
「ほら、時計みて」
差し出された腕時計で時間を確認すると十五時を少し過ぎたくらい。つまり王子はだいぶ待ってくれた上での来訪ってわけだ。俺どんだけ寝てたんだよ。
「え、てか三時……。か、買い物行ってないッ!」
「買い物?」
「今日の食材!折角なんか凝った奴作ろうと思ってたのに買い物行くの忘れてたーー!!!!ちょっと待ってて!すぐ買いに行くから!」
本当は学校帰りにスーパーに寄って行くのがベストな選択だったのだけど、結局メニューが決まらずに一旦帰宅することにしたのだ。それが仇になるとは思わなかった。いつの間に寝てしまったんだろう。
「別にいいよ。そんな気合入れなくても」
「……だって、いつもカッコ悪いとこばっか見せちゃってるんだよ?これ以上失望されるのやだもん。いいとこ見せて少しでも好感度あげたいって思うのは変?」
「まず前提から間違ってる。俺はアンタに失望なんかしてないし、昨日の事だってカッコ悪いなんて思ってない。不安になんてならなくていい。僕は何があっても側に居るし、嫌いになる事なんてないから」
「……なんでそんなに優しくしてくれるの?俺たちまだ出会って一ヶ月もたってないんだよ?」
「好きになってくれ、って言っただろ?」
「そうだけど!でも……」
自分にさえ自分のいいところがわからないのに、どこを好きになってもらえればいいのかわからない。
「……君はどんな理由なら満足する?なんでもいいよ。こうだったらいいな、なんて理由でもいい。結斗の好きなように考えて」
彼はどこか白けた様に言った。
「理由なんて本当に無意味なんだから」
「それにしても、王子が料理が出来るタイプの人間だなんて……」
「アンタは何を期待してたの」
「俺が作った料理にこんな美味いもの初めて!毎日食べたい位だ!結婚してくれ!みたいなやつ。結局また俺何も出来なかったしさ」
「アンタにメニューから任せてたら深夜過ぎる」
「だってだって〜〜」
「わかったわかった。いいとこ見せたいんだよね。じゃあこの皿テーブルに置いてきて」
「そういうのじゃなくて〜〜」
「あと箸も」
「子供のお手伝いかな?!」
王子はあり合わせのもので簡単な昼食を作るとテーブルに並べてくれた。
サラダとコーンスープとハンバーグカレーだ。偶然か自分の好物で口内に唾液が溜まる。
「……はい、これで完了。あったもので作ったけど嫌いなものとかあった?」
「ううん!全部俺の好きだったやつばっか!何?エスパー?」
「子供が好きそうなのを作ってみた」
「それ遠回しにdisられてる?」
「してないしてない」
「本当かよ……。ま、いいや。いただきまーす」
「…………」
「……口に合わなかったか?」
「……おいしい」
「は?」
「ごはんの味がわかる!わ、すごい!わ〜〜!!」
驚いた。なんたって食べ物の味がするのだ。
今まで家の中で食べるものに味なんてしなかったのに。
「今までわかんなかったの?」
「外で食べるときはまだマシなんだけど家では全く。どんなに頑張って味濃くしてもレシピ通り作っても味しないからもうダメかと思ってた」
「外食とかもだめ?」
「だめだった。味の濃いコンビニ弁当も全然味わかんないから俺の料理がゴミで味しないんじゃなくて普通に精神的なやつだと思う」
「へぇ、じゃあちゃんとしたごはんは久しぶりってわけだ。よかったね」
「うん!でも急になんでだろ?なんか入れた?」
「横で見てただろ。なんか入れたように見えたか?」
「ううん」
「じゃあ別でしょ」
「えーー、なんだろ。何か入れてないとすると、えーっと、…………あ、」
「どうかしたか?」
「あ、いや……気づいたっていうか、いや、多分違うし違ってもらわなきゃ困るっていうか恥ずかしいというか」
「何?」
「……あー、もしかして好きな人と食べてるからなのかな、って…………」
「……うわ」
あからさまにドン引く王子に手をブンブンと振って否定する。
「引かないでよっ!」
「引いてない引いてない。ただコイツどれだけ僕に惚れてんだよ引くわって思っただけで」
「それ結局引いてんじゃん!」
「もーー言わなきゃ良かった。恥ずかしい。自分でも気持ち悪いし重すぎんよ」
「君にも羞恥心ってあるんだね」
「外出てハイになってない時以外は普通だからね?!ま、そっちの方の俺を気に入ってくれたなら申し訳ないけど」
家の中の自分と外の自分はだいぶ性格が違う。無理をしているわけではない。ただ、自分にとっての切り替えなのだ。
他人に心配をかけないために作った自分と、ネガティブなままの自分。
「は?どの君も結斗だろ?どっちの方が好き、とかないよ」
「…………あ"ーーーーー!!!!」
「飯中に叫ぶなよ」
(どうしよう……!めっちゃ好きだ……!)
どちらかならまだ良かった。外の古谷結斗を好きになってくれているのならまだ引き返せた。
だけど、こんなこと言われたらもう戻れない。
「ほら、ケータイなってるよ」
「えー!もうケータイなんていいじゃ………、」
どうせ智仁からだ。だが、画面を確認すると、一瞬で血の気が引いた。
「どうした?」
「……ごめん。今すぐ出てって」
「どうかした?」
「送ってくから。お願い」
「……後で話は聞くよ。ごちそうさま」
「ありがと。先、外出て下で待っててくれる?すぐ行くから」
「わかった」
王子を玄関から見送ると、入れ替わりで彼からの電話を折り返す。
「……父さん」
『会議がなくなった。今から帰る』
「わかりました。俺はしばらく家空けますので」
『どこかいくのか』
「買い物です。明日の朝ごはん買い忘れたから」
『……逃げるなよ』
「まさか」
この人は俺にその選択肢が無いのを知っていてそんなことを言うのだろうか。
生涯、虐待の事は自分から誰にも言うつもりはない。何が何でも隠し通す。
「……最初から俺にそんな選択肢ないです」
そうして通話を切ると玄関の鍵を閉めてエントランスへ向かう。
そこには王子がまっていて、俺はその姿にひどく安心したのだ。
「お待たせ。もう夜も遅いし送ってくよ」




