40話
「ちょっと古谷先輩早くしてくださいよ」
「うっ……」
「先輩が着替え終わらないと練習始まんないんですから」
後輩から急かされさらに肩身が狭くなる。
「うぅっ……」
「やっぱ着られないじゃん」
「う、うるさい!出来るもん!なんかこれこのタスキみたいなのめっちゃ難しいんだよ!」
王子様の衣装はなんだかゴテゴテしていてまだ一人では着ることができることができない。
これが全部マジックテープならいいのに……と何度思ったことか。
「ほら貸してみろ。……はい、終了」
「流石実質部長」
「最初からやって貰えば早かったのに」
「お前ら先輩は敬えよ?!」
「バカいじりはそこらへんにしとけ。始めるぞ」
「「はーい」」
「お前ら……」
どうして自分の言うことは聞いてくれないんだ。これも人徳の差だろうか。
そんなことを考えながらも頭を切り替える。今は目の前の舞台に集中だ。
最初のセリフを口にしてステージの上に入る。真っ直ぐ、客席に向かって声が伝わるように体を向けると出入り口に見知った顔が見えた。
(ーー!王子!うわ来てくれたんだ!いや来るとは言ってたけど!いや知ってたけど!うわ、うわーー!!!)
体から歓喜が湧き上がる。
(やっばい嬉しくて声裏返りそう!でもカッコいいとこ見せなきゃだから集中!集中しなきゃ!)
だけどこれはこれ、それはそれ。浮ついた頭では素晴らしい舞台など作り上げられられない。
気持ちを切り替えて用意された台詞と演技を全うした。彼の登場で動揺はしたが、ミスはなかったように思える。
(見ててくれたかな?!っていうか見ててくれたよね?!)
ドキドキしながら舞台袖に捌けると智仁が水を渡してくれた。
「お疲れ」
「ありがと。俺ちゃんと出来てた?」
「完璧。ラストも頑張れよ」
「当然。てか次の出番まで5分も無いよな?やっぱ通しでやると疲れるわ」
「そりゃな」
「まぁ王子見に来てるからヘマとか出来ねーけど。ほら見ろよ、あんなに愛おしそうな目で俺の事を……、あれ?」
先ほどまで出入り口にあった瞳が今は何処にもない。
「どこにもいないな」
「え〜〜?まさか帰った?まだ二部も出番あるのに……」
「風紀だっけ?忙しいんだろ。それよりもう出るぞ。準備!」
「わかってる!」
軽い水分補給を済ませると、俺はまた板の上に戻った。王子が戻って来ることは結局それ以降はなかった。
「あ"〜疲れた……。明日も全体練習だろ?身体持つかな」
「体力なさ過ぎだろ。今日一回しか通してないぞ」
「そりゃお前は裏方だからな?!しかも後輩のアシストだろ?!」
「俺脚本も演出も全部一人でやったんだから十分仕事しただろ」
「ぐぬぬそう言われると……」
「頑張れよ準主役〜〜」
確かに今回の智仁の仕事量は半端では無かった。脚本、演出、それから一部の衣装まで。
過重労働だと思うが、板の上に立てない分力になりたいのだと言って聞かなかった。それほど本気なのだ。
「うるせえよ……。じゃ、俺買い物行くから」
「じゃあこれからどっか遊びに行かね?飯外食で済ませてさ」
「あー……今日タイムセールで冷凍食品安いから買いに行きたいんだよね。だから今日はパス」
自分で弁当を作っている身にとっては冷凍食品の安売りは一大イベントだ。あるかないかでその月の食費がガラリと変わる。
「残念。じゃあまた今度な」
「ごめんなー」




