37話
『うーん、それならこういうのはどうでしょう?春の国は千を超える種の花々が名産ですが、とある山にはどんな人間をも笑顔にする花があると言われています』
「まぁ素敵!冬の国には滅多に花は咲かないから色んな花をみたらお父様も笑顔になってくれるかもしれないわ!でも私お花ってあまり見たことがないの。どんな色のものがあるのかしら」
『そうですね……例えばあのような鮮やかな赤!この国の女性の雪のようなドレスも素敵ですが個性が溢れる我が国の女性のドレスも良いものです!姫の為なら何着でも用意しますので! 』
「綺麗な服を着ればお父様も喜んでくれるかしら」
『きっと喜びますよ』
本番まで一週間を切った。部員からは諦めが見え、本格的に声当ての準備が行われている。
その中で、こうやって向こうの見えない練習をするのは無意味かもしれない。
もちろん舞台のためもある。
だけどそれよりも、あの人に勝てなければ夢だって叶えられないと、そう思うと諦めることはできなかった。
「ならお言葉に甘えようかしら」
『……姫は王のことがーー』
大切なのですね、そうセリフをなぞろうとした時、「彼」がやって来た。
「…………結斗」
恨む様な表情、声、どれもが五臓六腑に恐怖を与えてくる。
でも。
「奪った舞台はそんなに大切か?」
「……ッ」
ああそうだよ、大切だよ。
だからずっとこんな風に悩んだりしてるんだ。父さんの為に自分の好きなことをやめるか、傷つけてまでやることかって。
でもさ、
「それとこれとは話が違うだろ……」
自然と握った手に力が入る。
「笑いかけてほしかった優しくしてほしかった上手だねって褒めてほしかった!それくらいいいだろ!だって俺は何もしてない、好きなことを好きなようにしてただけでなんで罰せられなきゃならない!」
両方手に入れるなんて、両方幸せにするなんて器用な事は俺には無理だ。
そして、いくら待っても現状打破してくれる王子様は現れない。
だったら、どちらか一つを選ばなければいけない。
それなら俺は、自分が幸せになる方を選ぶ。
あの人が俺にキラキラした憧れをくれた様に、いつか誰かに鮮やかな物を残せる様に。
「もう俺はあんたを怖がったりしないし我慢もしない!あんたが俺を否定するなら認めざる負えないようなものを見せてやるよ!」
ホールに響かせる様にそう叫んだ。どこまでも、どこまでも、自分の心にまで通るまで。
もう不安も何もない。
だって大丈夫なんだ。
俺はきっと愛されてるんだから。
「…………」
彼の形をした俺はそれを聞くと満足したように消えて行く。
不思議と心は軽い気分だった。
「結斗、声……」
目の前の王子が驚いた様に声を上げる。
「あ………声、出てる……」
まるでつっかえが取れた様に元どおりに俺の声は出ていた。
本当に声が出る様になったのだろうか、おっかなびっくりした気持ちで軽く声を出してみると、王子が薄く笑って俺に聞いてくる。
「お父さんと何話してたの?」
「俺の目標の話!」
「目標?」
「……俺、王子様の姿を見て本当にカッコいいって思ったんだ。堂々としてて、キラキラしてて、昔は内気なタイプだったからこうなりたい!って思った」
今でも思い出せる。板の上のカッコいい彼の姿。
それを見て、自分もこうなりたいと、このキラキラの中に身を任せてみたいと、そう子供ながらに思った。
「演技なりなんなり、人が作るものには人を動かす力があるんだと思う。だったら、今回の舞台であの人の心を俺が動かしてみせるよ。ぐうの音も出ないほどアツいのを叩きつけてやる」
「見にこない可能性は?」
「考えない!だってまだ起こってもいないことを悪く思ってもしょうがないでしょ」
「応援するよ。だって主人公の結末を見届けるのは魔法使いの役目だろ?」
「その設定まだ続くの…って、っ、やば久しぶりに喋ったから喉が」
咳き込む俺に王子が水の入ったペットボトルを差し出す。
その姿は最初に会った時の姿を思い出させた。
「ふふ、はい水」
「……あのさ、」
きっと一人じゃ無理だった。
あの人との事だってそうだ。ずっと来ない王子様を待ち続けて、それで勝手に世界に失望して終わらせていたと思う。
でも今は違う。
夢ができた。叶うかもわからない夢だけれど、生きる意味も、目標も一緒に咲いた。
それも一生を捧げられるくらいの。それは、どれだけ幸せな事なんだろう?
「……王子、ここまで一緒にいてくれてありがとう。……もしよかったらなんだけど」
「勿論、夢が叶うまで僕が一緒にいるよ。もしヘコんでたら背中蹴ってでも立たせてあげる」
「あはは、先に言っちゃうんだもんなあ」
「キミの考えてる事ならなんでもわかるよ」
そうクスクスと笑う彼にはもう「あの人」の面影はない。
「これからもよろしく」
スポットライトはまだない。暗いステージの中での小さな誓いの話。
いつか役者としてライトが当たるその日まで。きっと俺たちは共にあるだろう。
その日、声が戻った旨を伝えたら智仁は泣いて喜んだ。
「そんなに喜ぶこと?」
「当たり前だろ!?お前俺がどんだけ心配したと思って」
そこまで叫んだ智仁の唇を人差し指で塞ぐ。
「解ってるよ。不安にさせてごめん」
そうすると智仁は何か言いたそうに口をわなわなと震わせたが、やがてヤケになったように叫んだ。
「〜〜バカ!ほんと次こそは病院行けよな!?」
「次があってたまるか。でも今日は機嫌がいいから許してやる」
「なんかあったのかよ」
「目標が増えたんだ」
「目標?」
「そう、ひとつ。後輩に何か残せるような作品にすること。ふたつ。父さんにを文化祭に招待して舞台を見てもらうこと!」
「はあ!?」
智仁が驚くのも無理はない。あの人に舞台を観てもらうなんて夢のまた夢みたいな話だ。
だって話すことすらまともに出来ないのに。
「おま、それ殴られるだろ」
「だろうね。でもさ、言葉で何か言うより見てもらったほうが早いと思って。力isパワーだよ」
「やめとけよ」
真面目な表情で智仁はそう言った。それは心配から来る言葉だろう。
それでも、
「危なくても少しでも俺は前に進みたい」
そうしなければあの人の近くになんかいけないから。そうしなければ視界にも入らないから。
もしそれができるのなら、俺はなんだってする。
「それに大丈夫だよ。例え何言われても俺には王子がついてる」
茶化すようにそう言うとそれに対して彼は嫌に神妙な表情で答えた。
「……わかった。でも頼むから当日は俺から離れないでくれ」
「なんで?」
「危ないからだよ!」
「……大丈夫だよ」
「…なんで」
「王子が一緒にいてくれるから!」
側にいてくれると言ってくれた彼と、二人ならきっと無敵だ。
今はそう信じている。
例えそれが如何に無謀な夢でも。




