30話
「どう?部活は?」
『ぐだぐだだよ。申し訳ないね』
「じゃあ早く治さなきゃね」
『それ。どうやって治すの?』
インターネットで調べたが、こういう精神的な問題は一朝一夕でなんとかなるものではないらしい。
医者でも直すことが難しいのだ。そんな短期間で完治させる方法なんて見当もつかない。
「君の失声の原因は父親の幻覚と幻聴のせいだろ?ならそれに慣れればいい」
『は?』
「だから慣れるまでやり続けるんだよ」
『いやそんなんで治るわけなくない!?』
「治る治る」
『協力する気あるの!?』
「なかったら放課後まで割かないよ」
『そもそも俺声出ないし』
「それは頭の中でもなんでもいいよ」
どこから手に入れたのだろう。台本を手に取った王子は一番最初のナレーションを良く通る声で言って微笑んだ。
「じゃあ始めようか」
王子の台本を読むよく通る声が舞台の上に響く。ナレーションや姫の台詞を経て場面は俺演じる春の国の王子の登場シーンになる。王子は城の庭で王の事を想う幼馴染の姫に声をかけるのだ。
『姫、何か悩み事でも?』
勿論声は出ない。だが口パクでそう言った王子に姫はぴったりのタイミングで答えた。
「お父様はどうしたら笑ってくださるのかしら。誰も、実の娘である私でさえもお父様の笑った顔を見たことがないなんて寂しすぎるわ!」
驚いた。声は出てないのに身振りだけでこんなにピッタリに返すなんて。
『それは難しいお話ですね。国一番のピエロでも呼べば笑って下さるのでは?』
「それはいい考えね!」
「ーー姫は国のピエロや芸人を集め王の前で芸をさせました、しかし王の表情はピクリとも動きません。王は芸人たちに金一封を渡すと早々に帰らせてしまいました」
「おかしいわおかしいわ!あんなに面白いのに何故なのかしら!」
『うーん、それならこういうのはどうでしょう?春の国は千を超える種の花々が名産ですが、とある山にはどんな人間をも笑顔にする花があると言われています』
「まぁ素敵!冬の国には滅多に花は咲かないから色んな花をみたらお父様も笑顔になってくれるかもしれないわ!でも私お花ってあまり見たことがないの。どんな色のものがあるのかしら」
ここで王子は客席にいる人間の服を花に見立てて話し始める。終始姫を見ている王子が初めて客席を見渡し観客に語りかける場面だ。
『そうですね……例えば……』
例えとしてバスケットの赤いゴールを指差してあんな鮮やかな色、そう続けるはずだった。
が、俺の目はある一点から離れない。
父さんがこちらを見ていた。
真っ黒な目で、俺を責めるように、羨ましそうに、憎らしそうに!
「〜〜〜ッ!」
どうしてどうしてどうして!なんで最後までやらせてくれないんだ!どうして今になって!今までこんなことなかったのに!
『$%^!@##』
聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない!
心臓が悲鳴をあげる。何を言ってるかなんて予想がつく。だから聞きたくない。
本当に貴方の口からだけは聞きたくなかったんだよ。
あの時の俺も。
『@#*れ:>った。に』
『お+;。#んか#%$^%こな』
『お前なんか』
『お前なんか生まれて来なければ』
「結斗!」
大きな音で現実に引き戻された。いつの間にか俺は座り込んでいて、父さんはどこにもいなかった。
「誰もいないよ」
そこにいるでしょ、そう言おうとして声が出ないことを思い出した。
「いないよ」
「………」
もう一度そこを確認するとそこにはもう誰もいなかった。
「無理させたね。今日はもう帰ろっか」
「…………………………………」
震える手でメモ帳に文字を打ち込む。
『こんなこと続けるなんて耐えられない』
「大丈夫だよ。大丈夫」
しゃがみこみ震える俺に王子は背中をさすってくれた。
『父さんが怖い』
文字にするとその言葉が重くのしかかってくる。俺は姫のように父さんを愛せない。
父さんに何もしてあげられない。だから怖い。何が?
「……結斗は何が怖いのかな」
何が、何が?殴られることが?蹴られることが?無視されることが?違う。そんなのは怖くない。
『お前なんか生まれて来なければよかったのに』
俺は父さんに否定されるのが怖い。存在を、人生を、意味を否定されることに耐えられない。
一番大好きな人にこれ以上嫌われたくない。
涙が出た。痛くても涙は出なかったのに気づいた瞬間ボロボロ涙が落ちてくる。
もう遅いよ。ここに立ってる時点で落ちるとこまで落ちてる。
それなのにどうしてもここから降りたくない。
嫌われたくないと心から思ってるのに、捨てられたら生きていけないのに、俺はここに立ちたいとまだ叫んでる。
バカかよ。諦めろよいい加減。人傷つけてまでやる事じゃないだろ。
「あのね、両方選ぶのは無理だよ」
俺の目を見て王子が言った。
「ーーーっ、」
俺はどちらを選ぶべきなんだろう。




