29話
次の日になっても喉は治らなかった。
不便だがこれのいいところもある。
声が出ないから父さんの気を逆撫でしない。呻き声すら出ないのは案外便利だと思う。それ以外はやっぱりクソだ。
舞台に関してはグループメッセで相談した結果、俺の動きに智仁が声を当てることになった。付け焼き刃になるが仕方がない。二週間で見れるレベルまでは頑張るつもりだ。
「……だったらこんなところで油売ってる暇なんてないんじゃない?」
呆れたように王子が言った。
『近衛、委員会するってよ』
「部活辞めさせられかけたのは君でしょ」
声が出ないことを王子に伝えても彼は憐れみも驚きもしなかった。そういうところが一緒にいて楽だ。
「原因とか心当たりないの?不便でしょそれ」
『前後が前後だから精神的なものだと思う。ネットではストレスでなんたらーって書いてあってやっぱ薬とかカウンセリングしかないらしいよ。あと発声訓練も』
「声出るの?」
『それがね……出るんですよね……』
「やってみて」
息を吸って喉を震わせる。
「ーーーひゅ」
喉からは声でなく空気が漏れた。
『ね!?』
「息じゃん」
『昨日よりは進歩してんだよ!』
ふふん、と鼻を高くすると王子は神妙な顔をして俺を見た。
「…………」
『王子?』
「君をさ、そこまでさせるのって何?普通に暮らしてたらさ、声出なくなるくらい傷つくことなんてないよ」
『……何だろうね、強いて言うなら自分だけ好き勝手やってることへの罪悪感があるから、かな』
今の俺は演劇を捨てれない。まだ、完全に夢と折り合いをつけられていない。
だからやめることはできない。
やめなければいけないとはずっとわかっていたのに。
父さんのことを本当に大切に思うなら、愛して欲しいなら。やめるべきなのに。
『父さんね、俺のこと嫌ってるの。今では父さんって呼ばせてもくれないくらい。父親って意識したくないんだろうね』
いつからだろう、父さんを「父さん」と呼ぶとひっぱたかれる様になったのは。
ああ、この人は自分を父親だと認めたくないんだ、と気づくのに時間はかからなかった。
悲しかった。悔しかった。でもそんな感情を持ち続けるよりも仕方ないか、と諦めた方が早かった。
『自分がやりたかったことを俺がのうのうとやってるからって憎んでるの。お前だけずるいって』
「子供かよ」
『子供だよ。だって俺が生まれた時、父さん俺とそんなに歳変わんなかったんだよ?体は大人でも心の一番弱いとこは俺と変わらない』
大人は成長しない。だって大人はもう出来上がっているから。完成されてしまっているから。
まだ未完成の内に大人であることを強制された父さんは、完成しないまま固まってしまった。
『父さんはそういう人だ。だからしょうがない。子供に子供を育てろっていう方が無理がある』
「どうしてそんなやつを庇うのかわからない」
『王子様だから。それにたった1人の父親だ。代わりはいない』
「……君の気持ちは分からなくはない」
王子は頭を抱えながらため息をついた。
「でも、これは君の為の物語だよ。だれにも邪魔する権利なんてない。……今まではどうだったかは知らない。でもこの先は君が自由に書いていいんだ」
自由に。今でも俺は十分自由だ。だって俺は舞台に立てる。これ以上の自由があるというのだろうか?
そう言いたそうにしていると、王子は悲しそうな顔をした。それからすぐに表情を変える。
「とりあえずは目先の問題だ!君さ、好きだよね?演劇」
『大好きだよ!』
「そのためならどんな事もできるよね」
『できる範囲でなら!』
「じゃあそれ治すの手伝ってあげる。荒療治になるよ」
『どうやって?』
「ストレスにはストレスをぶつけんだよ、って奴。完全下校のあと体育館貸し切ってやっちゃおう」
『何を』
「秘密の特訓」
『いやいやいやすぐバレて追い出されるだろ』
基本的に夜の学校は立ち入り禁止だ。
そこで大きな声やあかりを出せばすぐに警備員や教師にバレてしまうだろう。
「やってみなきゃわかんないよ、ね?」
「もう一回ステージ立ちたいでしょ? 」
『……うん』
そう言われてしまえばなにも反論ができない。
「部活終わったらそのまま体育館にいて。先生にバレないようにね」
彼は悪戯っぽい顔で笑った。
王子にそうされてしまえば、俺に拒否権はないも同然だった。




