27話
本番まで二週間を切った。
まだ二週間、と言っても俺たちは劇だけやってればいいわけではなく、各自クラスの出し物やらなんやら予定はたくさん詰まっている。部活も週三回で残り六回あるかないか。
少し早いかもしれないがそろそろリハーサルする時期がやってきたのである。
幸いなのはゴミ箱から台本が見つかった事だ。取り返したのがバレたら殴られるだろうけどあるとやっぱり安心する。
擦り切れるまで読んだから全て覚えている。破れていても構わない。セロテープだらけになっても構わない。これは智仁が作ってくれた大事なものだ。
その台本をお守りがわりに持って、舞台袖で自分の出番まで待機する。
今日は前半の通し練習だ。王子役である俺は今回は出ずっぱりになる。
(ダメ出しされないように頑張らなきゃな)
セリフはもちろん全部覚えた。だがそれがステージで思い通りに言えるかとなると話は別だ。
それに自分では気づかない癖もある、今日も玉の雨のようにグサグサ痛いところを突かれるだろう。
(……と、始まったか)
舞台の真ん中では姫役の三年の女子部員が透明なドレスをひらめかせながら舞台を忙しなく動く。
『お父様は素晴らしいお方だわ!』
『ですが姫、私は王が怖いのです』
『あら、どうして?』
後に続く二人は将来有望な一年生だ。
侍女役の一人が口を開く。まだ表情が硬い。おそらくこの後智仁に指摘されるだろう。
『王は私たちには笑いかけてくれません、お褒めの言葉はいただきますがそれだけです』
次の台詞は召使い役の背の高い男子生徒だ。
『私たちは王が何を考えているかわからないのです。だから、怖い』
『ならお父様の笑顔を見ればみんなお父様のことを好きになってくれるのね!』
パン、と体育館に姫が手を叩く音が響いた。この音を合図に俺は準備をすることになっている。
(もうすぐ出番だな)
衣装にも乱れたところはない。次の台詞で俺演じる王子は登場する。
第一声は『姫、お呼びでしょうか』だ。
この王子は姫に気がある設定だから少し声を跳ねさせた方がいいだろう。好きな人に頼られたときの気持ち……、王子の事を思い浮かべる。もし王子に頼られたら……。
……めちゃくちゃテンションが上がるな!
多分この王子もそういう気持ちなのだろう!よし、わかった!
気持ちの入りは完璧だ。あとは深呼吸をして、タイミングを待つだけ。
『でもどうすればいいのかわからないわ、こんな時王子がいてくれれば助かるのだけど……』
出ていくのはここだ!
『姫!お呼びでしょう……か……』
嬉々とした声色で王子こと俺はステージに飛び出した。
が、俺の目線はある一点から動かなくなる。
「……古谷くん?」
姫役の女子部員が心配そうに小声で声をかける。当たり前だ。普段は台詞が飛んだってこんな舞台に突っ立つ様な真似はしない。
おかしいのだ、俺は、じゃなきゃ説明がつかないじゃないか。
そこ、舞台の下で、他の部員たちが見ている後ろに、その人が立っていた。
ーー俺の、王子様。
「あ、」
身体の体温が一気に下がる感覚がした。似ているけど王子じゃない、だってあの衣装は俺が見つけて、智仁に預けたじゃないか。それに王子はあんな目はしない。あんな俺を恨む様な目は!
だからこれは幻覚だ。そもそも憧れの王子様に見てもらえるならそれはいいことじゃないか!それでも足の震えが止まらないのは彼の声が聞こえるからだ。高校生の声ではない、低い、大人の声だ。
『#$%^&*&。>!#$』
俺には何を言っているかわかる。だってそれは過去の話だ。昔の言葉が耳にこびりついているから、俺はわかるのだ。
「ーーぁ、」
『ヘタクソ。真似しかできないクセに』
物理的な距離は遠いはずなのに音声が頭の中にクリアに響く。
俺はその先を知っている、だって言われたのだ。その王子様から直接。
『お前がいなければ』
「やだ……………」
「先輩?」
その先は聞きたくない、お願いだから、口を閉じて!
座り込んで耳をふさぐ。周りがざわつく声なんて聞こえないくらい、強く耳を塞いでぎゅっと目を瞑る。
ばくばく鳴る心臓の音。それよりハッキリした強さで王子様は次の句を継いだ。
『お前が死ねばいいのに』
「やだ、みないで、ごめんなさい、俺だけこんな、ごめんなさい、ごめんなさい、あ、ああああ………っ!」
「結斗っ!」
体に衝撃が走る。倒れたのだと、気づいたのは目の前がぼやけてからだ。
酩酊する頭が最後に認識したのは、目の前で倒れた人間を見た女子生徒の悲鳴だった。




