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王子様を待っているキミへ  作者: 今野ひなた
26/50

26話

電話をかけるのにこんなに緊張するなんて就活の時以来だ。


震えながら番号を一つ一つ押す。そうして出来た十一桁の文字列を数回確認し、通話ボタンを押す。


「…………………………もしもし?」


誰?その声に緊張から震えた声で答える。


「えっと、俺です。古谷結斗。こんばんは」

「何か用?」


そう言われると、何も言えなくなってしまう。


「……特に用とかじゃないんだけど、その、本当に繋がるのかなぁーって、繋がるよね?!うんわかってたよ?!」

「疑ってたの?」

「……いやいや本当!俺が王子を疑うわけなくない?!お姫様は、王子様を信じる事で救われるんだよ?!だから信じなかった人魚姫は死んだわけでーーーあ、そういう話じゃない。はい。」


数秒の沈黙。俺はおずおずと今日の結果を話し始めた。


「……今日ね、ちゃんと友達に謝ったよ」

「ちゃんと?」

「うん。いつもの俺みたいな感じで。心配はかけないよ。俺にはなにもなかった。こういう事になってるんだから」


そう、俺には何もなかった。

暴力なんて振るわれていないし、休んだのはただの風邪。

その方がみんながみんな幸せだ。


「大丈夫だよ。うん、……うん?!いや別にふざけないよ?!流石に真面目にやるよ?!」


はいはい、と軽くかわされる。


「うん、はぁい。わかった。明日、またね」


通話ボタンに手をかけようとした瞬間、耳元からつんざくような音が流れてくる。


「……あ、王子の家ってウチから近いんだね」


サイレンの音が聞こえる。スピーカーから聞こえる音からして、場所は近いようだ。


「え?……あぁ、救急車の音聞こえたから。こっちにも聴こえないからこの地区なのかなって」


通話を切って足音に耳をすませる。タン、タン、まだ音は遠い。


「……ごめん、ちょっと切るね」


俺は台本を抱きしめると深呼吸をしてその時を待った。

ドアの前で足音が止まる。大きな音を立てて扉が開いた。


「聖さん」

「何一人で大きな声でブツブツいってるの?誰かと電話でもしてた?」

「いや、その、ちがくて」


そんなに大きな声で話していたつもりはなかったのだが、地声が大きいから聞こえていたのかもしれない。


「僕は電話してたのかって聞いてんだよッ!」


ガン、と大きな音をドアが鳴らす。その音に反射的に目を瞑って頭を抱えてしまう。


「し、してない、してないから……!」

「…………携帯、預かっとく」


大きな音に我に返ったのか父さんがバツの悪そうな表情で呟いた。


「なんで……」

「誰とも連絡しないんだから必要ないだろ」

「それと、これも」


そうして携帯と抱えていた台本を奪われる。


「っ、聖さん!」

「何?」

「や、やめて……、大事なものなの……。お願い、だから、返し」

「やだよ」


そうして台本を両手に持つと父さんは台本を思い切り縦に裂いた。

それからまた二つに裂いて、ボロボロの紙切れになったそれを床に落とす。


「ーーーーッ!」

「お前さぁ、よく僕の息子のクセに演劇やろうなんか思えるよな。僕はお前のせいで人生賭けてた演劇諦めたって言うのに遊びでやってるお前はまだ舞台に立ってる。なぁ、それって当てつけ?それとも嫌がらせ?」

「ちが、……俺は、昔の、王子様やってた聖さんみたいになりたくて、それで」

「……あぁ、懐かしいな。高校最後にやったやつか」


どきりと胸が痛む音がする。


「あー、お前が生まれなきゃあのまま続けられたんだけどなー。なぁ、お前のせいで憧れの王子様は死んだんだよ。どんな気持ち?」

「……ぅ、あ」

「人の大事なもの潰しといて、自分だけ幸せになれるなんて思うなよ」

「……ごめん、なさい」


涙が溢れてくる。俺のせいで、俺のせいで。俺が父さんを殺した。俺が王子様を殺した。


「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

「申し訳ないって思うならさ、さっさと死んで僕を自由にしてよ」


服の首元を掴まれて引きずられ、外に面した窓の淵に立たされる。

七階から見える地面は昔見た地面よりずっと遠かった。


「中三の時だっけ?学校から飛び降りようとしたの。あれ傑作だったなぁ〜〜、もっかいやれば?」

「ごめんなさい……!!次、つぎはがんばるから……!」

「今」


そうして父さんはベランダを指差す。暗い空がカーテンを揺らしていた。


「え……?」

「今やれよ、僕の目の前で。ウザいからさっさと死ねって言ってんだよ」

「…………はい」


涙で汚い顔をしていたと思う。 締め付けられた頭は何も考えることが出来なくて、意味もわからないままに父さんの言葉に従った。窓枠に足をかけ、コンクリートの部分に立つ。


冷たい風が頬に触れる。

久しぶりの感覚だ。


ここで死ねば父さんは喜んでくれる。

ごめん、智仁。

お前のために生きてきたけど、俺はやっぱり父さんの方が大事だよ。

いや、覚悟はあの時決まっている。柵に手をかけて覚悟を決めた。


だが、力を込めた腕を止めたのは


「聖さん?」


他でもない父さんだった。


「何やってんだ」

「だって聖さんが……」

「……ここから飛び降りたらまた騒ぎになるだろうが」


矛盾している。父さんはまだ子供だから、死ねと言うのに死ぬのを許してくれない。子供の言動は矛盾するものだ。父さんはいつもそうだった。


「……ごめんなさい」


だから、俺は今日もいつものか、と思った。それだけだった。

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